以前住んでいたマンションの管理組合の役員を一緒にしたことのある人を、きのう我が家の前で見かけた。
奥さんと一緒だったが、ご主人は私より13、4歳くらい上。奥さんも90に近いのではないだろうか。
二人とも一段と歳をとった。特に奥さんはついこのあいだまでハイヒールを履いて、少し派手な服装で出かけていたが、昨日はイヤに痩せて杖をついてそろそろと歩いていた。座骨神経痛らしい。
「いずれみんな高齢になって、この集会室も年寄りのための施設になるのではないでしょうか」と40数年前の懇親会でこのご主人が言った話が記憶にある。
その時「年寄り」の年齢は70歳くらいの感じでみんな笑い合ったものだが、あの当時90歳という歳を思い描く人はいなかった。
そのマンションも空き室だらけという状態らしい。亡くなって住む人がいなくなったということが多いらしいが、施設に入ったという話も多い。
築50年近い。30歳くらいで入居した人は80歳。40裁過ぎて入居した人は90歳を超えている。
そのマンションの近くに移り住んで28年。我が家の窓からマンションに住んでいる人たちを見てきたが、「歳をとったなあ」から、「悲惨」とか「可哀そう」という年格好になってきた。
「悲惨」とか「可哀そう」と言ってはご本人に失礼だが、歳をとるということはそういうことにしか見えない。私も杖をつき、もたもたと歩いている。他人が見たら感じることは同じである。
見かける人より見かけない人が多くなってきた。見かけない人は「そういえばそういう人がいたな」ということでしかないが、残った家族にすれば面倒な後始末をすることになる。
夫を亡くした人が多い。やはり寿命は女性の方が長い。妻に先立たれた男の気持ちはなんとなく分かるが、女性はどうなのだろうか。
1日24時間を全部自分のために使えるとか、物を買うのに夫の了解がいらなくなった、とかいう話を聞いたことがあるが、そういうこともあるかもしれない。
先日3年前に妻を亡くした中学時代の友人と話をしたが、「もう慣れたね」という返事であった。慣れるものなのだろうか。強がりであったかもしれない。
ペアであったものが片っ方だけになるのは、茶碗でも箸でも寂しいものである。しかし一人になったら一人で生きていかなければならない。買い足せるものではない。
3年ほど前にご主人を亡くした奥さんをときどき見かける。ご主人とは大分歳が離れていたが仲のいい夫婦だった。一人で生きているんだなと、ちょっと可哀そうな気になるが、あまり親し気にするわけにもいかない。



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