うやむやはよくない

つぶやき

兵庫県知事のパワハラ問題。斎藤知事は自分にはもはや関係のないことのようである。

 県議会は百条委員会の調査報告書を了承した。 
 斎藤知事らが告発者に対して行った懲戒処分などの対応は、公益通報者保護法に違反する可能性が高いと結論づけ、職員への叱責についても「パワハラと言っても過言ではない」と指摘した。

 しかし斎藤知事は、告発者への対応は「適切だった」と、いまだに鉄仮面のような表情で従来通りの主張を続けている。

 斎藤知事のパワハラの告発はあきれるような内容だった。おねだりや暴言などはその最たるもので、こんなことをしている知事なら辞職勧告は当然で、失職するものと思われた。

 しかし斎藤知事は自分の正当性を主張し続け再選される。選挙戦最終の街頭演説ではあふれんばかりの聴衆であったらしい。

 SNSでの情報の拡散。情報が当たり前のことであれば読む人もいない。まさかと思われる情報が人の目に留まる。
 今まで正しいとされていたことに対する疑い、暴露、でっち上げ。なんでもいいから拡散されればいい。

 自ら非を認めなければ責任を問われない、という風潮を作ろうとしている人たちがいる。新聞よりもSNSの情報の方が納得する、という人達が増えてきている。

 斎藤知事が再選した出直し選挙では、SNS上に真偽不明の情報が拡散した。日本維新の会に所属していた県議2人が、「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首に、元県議らを中傷する文書などを渡したことが一因だとされる。
 
 2人はいずれも百条委のメンバーだった。どういうことなのか。
 本人たちは、自分たちはいいことをした、と思っているらしい。

 真実はいくつあってもいいが、うやむやはよくない。
 しかし悪は開き直るが、善には良識というものがある。良識が悪を追及するのは難しい。
 
 良識は指摘されるものではなく個人の心が解決するものであるが、悪にはその心がないから始末が悪い。
 

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