[続]死んだ人が生きている

つぶやき

 草刈正雄さんがなにより知りたかったことは父親の母に対する気持ちであろう。
 結局草刈さんは父親を知ることはできたが、父親の気持ちは知ることはできなかった。

 10年前まで生きていたというのに、父親は母と自分のために何も言い残さず、何も書き残さず、80数年の生涯において何もしなかった。

 草刈さんは父親の気持ちの中に、母と自分を想う心が存在しなかったことを知っただけのことである。つらい思いだったに違いない。

 トーラーさんの奥さんはまだ生きているのだろうか。一人息子がいると報じられていたが、その息子さんはどうしたのだろうか。

 テレビに出てきたのはいとこ達だけであった。見ようによっては、おばさんといとこの話は、トーラーさんの妻と子に、日本人の異母兄の存在を隠すためにあるように見えなくもない。

 トーラーさんの奥さんと子供はこの番組を見るのだろうか。そのことも一切明らかにされていない。
 
 トーラーさんは生前、日本に残したままにしてしまった日本の女性と子供に対する思いを一言も語ることがなかったのであろうか。

 単なる遊びではなかったことになっている。アパートまで借りて生活をしているのである。二人は深い愛情にあったことになっている。そんな女性を忘れることなどできるはずはない。

 しかしアパートを借りたから遊びの関係ではなかったとは言えない。アパートを借りたから遊ぶのに便利になったということかもしれない。

 トーラーさんは自分を理解したという姉に日本での出来事を話したというが、その結果は日本でのことを忘れることであった。それを勧めてのは姉である。このことについて姉はうまい言葉でごまかしている。

 せめて一言、80数年も生きてきたのであるから、草刈さん親子に詫びの言葉を言い残してもいいのではないか。お姉さんも長く隠してきた弟の不始末を、ことさら世間に言うこともないはずである。

 父親は自分が生まれる前に朝鮮戦争で戦死していると聞かされて生きてきた草刈さんにとって、このファミリーヒストリーは残酷なものになってしまった。

 母親のスエ子さんはトーラーさんのアメリカの住所地に手紙と写真を送っている。本人からの返事は一切なかったようだ。
 それを機にスエ子さんは自分一人で生きていくことを決心する。この時スエ子さんにとってすべてがハッキリしたのであろう。

 トーラーさんも、人間としてあまりいい人ではなかったような紹介もされていた。
 トーラーさんの姉さんもごまかすことに一生懸命な印象を受ける。

 はたして感動に包まれた素晴らしいドキュメンタリーであったのだろうか。
 草刈さんは父親の墓の前でも泣かなかった。

 NHKはこの番組に何を意図したのであろうか。8月に放送した特別編だという。映像を繰り返しただけのことであった。

 言い過ぎることになるが、草刈さんは戦争孤児であったということである。どう見たって男女に恋愛関係があったとは思えない。(了)

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