2月の半ばに関東地方は20度を超える気温を記録した。7年ぶりのことらしい。三寒四温というが、突然初夏のような気温になってはその風情もない。今年も異常気象ということになるのだろうか。この季節母は「一雨ごとに暖かくなる」とよく言っていた。
「鳥に訊く もう春なのかと あたかも夢の中にあるようで 鳥はさえずる そう春はもうそこ 夜を越えてやってきた」 マーラー大地の歌の一節。
ブラインドをあげた陽射しが目を刺すようにきつい。
昨日は「春が来たあ」という暖かさであった。
久しぶりに多摩湖に散策に出かけたが日曜日、駐車場は満杯。コイン駐車場に入れることになった。多摩湖はこのところ水量がずいぶん減っていたが、昨日は8割方水が戻っていた。
多摩湖は都民の水需要のため、昭和初期に狭山丘陵の渓谷に作られた人造湖であるが、正式には村山貯水池という。この西側に狭山湖と呼ばれる同じ人造湖があるがこちらは山口貯水池という。いずれも東京都水道局の管理にあるが、狭山湖の所在地は所沢市と入間市である。
桜の名所として知られているが、ほとんどが老木である。昭和の時代から東京に住む人たちの一大観光地であったらしい。今では西武鉄道という1社の名称になったが、昔はこの行楽地のために何社もの私鉄が乗り入れ駅を作ったという。多摩湖周辺に駅が多いのはそのせいである、と西武線を紹介する本にある。
一部のサクラはすでに開花していたが狭山公園の芝生はまだ茶色である。多摩湖の土手下の公園をどういう訳か狭山公園と言う。
家族連れが弁当を開いていた。幼い子供の姿を見ると40年以上も前に子供たちと遊びに来たことを思い出す。あの頃娘は3歳、息子は1歳半くらいだった。満開のつつじの記憶がある。
散策のお昼は弁当に限る。1時間ほど家内とは別々に散策をしてから合流してお昼にした。私たちの隣に、私たちより年上と思われる夫婦がベンチに腰掛けた。
奥さんが「今日は買い物に行かなくても済みます」と言う。
ご主人が「何かあるのかね」と尋ねる。
奥さんが「昨日の煮物の残りがあります」と答える。
ご主人が「そうか」と答える。
お二人のそんな会話が聞くともなく聞こえた。
ご夫婦は少し休んで歩き始めた。奥さんは少し体が曲がっているようだった。
弁当を終え帰り支度となったが、家内は「ヨモギを摘んでいきます」とまた違う道を歩いた。
モモちゃんが死んだ。近所に住む顔見知りの奥さんが飼っていた雌犬である。18年生きたという。種類を知らないが白に茶色が混ざった小型犬。
ここ1年くらい辛そうに飼い主の後をゆっくりそっと歩いていた。
「無理して歩かせるのも可哀そうじゃないの」と会うたびに奥さんに言った。「でも歩いて帰ると食べてくれるんですよ」と奥さんは言う。
2ヵ月ほど前に見たときは後ろ足に台車をつけていた。
モモちゃんの死は親の死より辛いと奥さんは言う。そうだろうなと思う。
モモちゃんを少し思って、いつものように早い時間から飲み始める。春の宵は春の酔い。ソラマメを頬張りながら焼酎のロックを飲む。干しホタテでだしを取った株の煮ものが実に品のいい味を出している。
今日の締めはと考えているとき、草餅が出てきた。まだあまり採れなかったと妻が言うように、白玉粉の色の方が目立つ草餅であった。春満開の味ではなく、鳥が教える爽やかな春の味であった。(了)
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