ここ2,3日風邪気味である。朝、喉が痛く、「いつものパターン。こりゃあ熱が出るな」と思っていたが、熱は7度5分以上は上がらなかった。
2日ぶりに風呂に入る。最近は5時半頃にはうっすらと明るくなってくる。朝風呂はこの時間帯が一番いい。
防衛大学校の卒業式で高市首相は、「わが国と国民を断固として守り抜くため、防衛省・自衛隊の組織の在り方も含め、あらゆる選択肢を排除せずに検討する」と述べ、防衛力の抜本的な強化に改めて決意を示した。
政治家として、「わが国と国民を断固として守り抜く…」という話はまちがったことではないが、本当に国民を守る気があるのだろうかと思う。
過去を見ても、国民を守ったことは一度もない国である。政治家や軍部が、国の体裁を守るために、国民を犠牲にしてきた国である。
今日の毎日新聞松尾貴史氏のコラムは、「文化庁はこのほど、国立の博物館、美術館に対し、入場料などの自己収入を増やすよう、初めて数値目標を定めた」という書きだしであった。
入館者も少なく、収入も上がっていないのなら、社会が求める役割を果たしていない。再編の対象にする、ということらしい。再編とは統合とか合併ということであり、閉館もありえる。
これに対して松尾氏の明快な反論がある。その中で一カ所特に印象の深い言葉があった。
「文化そのものに憎悪のような感情を持っているのではないかと疑いたくなるが、学術、文化、芸術について採算ベースだけで判断する人達が幅を利かせるようになった風潮は、ただでさえ衰退をつづけるこの国を、さらなる下り坂へとおいこむことになるだろう」
そうなんだな。国を守ろうと言う人達は、文化そのものに憎悪のようなあるいは敵意のような感情を持っている。
文化もそうだし、国民の多様性も個性も認めようとしない。夫婦別姓はお蔵入りのようだ。これで国民を守ると言えるのか。
国を守れば必然国民を守ることになる、と高市さんたちは考えているようだが、国を守るために国民が犠牲になってしまうのである。この辺のことを安倍さんも高市さんも考えようとしない。
博物館代をはしょって、防衛力強化の費用に充てるということはないと思うが、なにしろ「挙国一致」、「贅沢は敵だ」、「進め1億火の玉だ」のスローガンを編み出した国である。
1億が火の玉になったら日本人はいなくなってしまう。それでもいいということなのだ。


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