赤坂の夜はふけて

つぶやき

 まだ夜更けではない。家内は明日の絵画教室の準備で2階のアトリエへ。

 と言ってもアトリエがあるわけではない。家を改装したとき階段の位置を変えたことから大きなスペースができた。そこで家内は絵を描くから「アトリエ」と言っているだけのことである。

 家内が退院して早や1か月。退院したら温泉に、と思っていたし、今でも「傷には下部温泉がいい」と思っているが、宿に行ったら同じ部屋で寝ることになる。それが少々気持ちの負担になる。

 ハッキリ言えばうっとうしい。30年近く夫婦別室の生活。夫婦は一緒の布団に寝るものとされているが、別々であることの快適さは何事にも代えられない。

 夫婦別室は家内から言い出したこと。子供たちが家を出て、部屋数が余るようになったら夫婦別室がいい。

 女性には心置きなく屁ができる部屋が必要。男には気兼ねなく深夜テレビを見る部屋が必要。

 家内は「絵の用意をします」と言って居間から2階に上がる。「もう降りてきませんから後のことはよろしく」ということなのだが、様子を見に行くと寝ていることが多い。

 「眠れない」という高齢者が多いが、家内はベッドに入れば数分で熟睡。大きな手術をしてもあまりダメージが無いのは、そういうことなのかもしれない。

 家内が2階に上がればいつものように酔うしかない。しらふの自分が自分なのか、酔った自分が自分なのか。

 ブログを書いているうちに秋の夜も深まる。深遠な哲学でも考えたいが浅学の身、頭に浮かぶのは学校をさぼって見た映画のセリフばかり。

 「なに、源蔵が泣いた?…。なぜお前は源蔵に会ってやらなかった」
 赤穂浪士の討ち入りももうじきである。

 言葉の重みに気がつかない人生を送ってしまったと自分を責める。と同時に「赤坂の夜は更けて」という歌詞が頭に浮かぶ。

 酔いが醒めるが「ふける」という字を調べたら「深ける、老ける、蒸ける、更ける、淫ける、耽ける、酖ける」。拭けるというのはなかった。

 人生「拭けて」やり直せるならいいと思うがそうもいかない。

 夫婦そろって病気を経験したが、今のところ元気に歳をとっている。人生元気に歳をとれることは幸せなことである。

 「赤坂の夜は更けて」は別れの歌として西田佐知子が歌う。「秋の夜は更けて」は「幸せはここに」と大橋節夫が歌う。

 秋の夜ふけは寂しいが、「幸せはここに」がいい。

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