認知機能検査

つぶやき

 車が好きである。この歳になってもよくドライブに行くが、長時間運転していても特別疲れたということもない。

 もちろん疲れているのであろうが運転する楽しみの方が疲れに勝っているということであろうか。

 40歳の頃運転免許を取得した。学生時代の夏休みにでも免許を取るのが普通らしいが、苦学生の身では運転免許など思いもしないことであった。

 自営業になって多少経済的な余裕ができて、車でも買おうかという気になり、免許を取ることにした。

 自慢話は好きではないが、当時乗りたいと思う車はほとんど乗ってきた。同じ車を3年以上は乗らなかったし、1年で乗り換えたこともあった。

 飽きっぽいということもあるが、歳をとってから免許を取ったから乗れるうちに乗れる車に乗っておこうという気持ちがあったような気がする。

 ドイツ車の頑丈な車体には驚いたが、電気系統の故障の多いことには何度も悩まされた。以来外車には乗らないことにしている。

 60歳の半ばころまで国産で言う大型車に乗ってきたが、その大きさが邪魔になり、小型車に乗るようになった。これが実に楽しい。車とはこんなに面白いものであったかと今までの車選びを後悔した。

 大型車は馬力があり安定して加速もいいし安全である。大型車がいいに決まっている。しかし面白みがない。まともすぎる。

 いつかは、という車に乗っていた時、私の事務所に出入りしていたコピー機の若い営業マンが言う。つまらない車に乗っていますねと。まだ軽自動車に乗ったことはないが、多分もっと面白いのではないか。いずれ乗るつもりである。

 幸いなことに現在まで大きな事故は起こしたことはないが、3度ほど追突されたことがある。こちらに大きなケガはなかったが、保険会社から言われているのかひととおりの挨拶はあっても謝罪の言葉というものがいずれもない。

 最初の事故の時、相手に厳罰を求めますかと警察に聞かれて、いやそんな気はありません、と答えたが、2回目以降は絶対厳罰にしてくれと答えるようにしている。

 スピード違反は3回した。そのうち2回は30キロオーバーであったから起訴、略式裁判、罰金ということになった。いずれも前方のトラックを追い抜いたときのものだ。

 排気量の大きい車はすぐにスピードが出る。30キロオーバーで長距離を巡行したわけではない。距離にして100メートルくらいのことである。

 裁判所の守衛さんとそんなことを立ち話でしたら、人を轢かないでよかったじゃないか。捕まえてくれたおまわりさんに感謝しなければいけない、と言われた。さすが警察の教育が行き届いている。

 あれから何回免許更新したであろうか。思い出すのは東北大震災である。あのとき免許更新の講義を聴いているときだった。

 その時の年配の講師が、私は司法試験の短答式に受かったことがある、と自慢話のつもりなのか滔々と話をする。今は運転免許場のしがない職員だが、ということなのであろうか。

 短答式試験に受かったくらいのことを自慢しているようであれば、この人は本試験を受ける資格すらない人だと思いながら聞いていた。東北大震災をこんなことで思い出している。

 私もとうとう後期高齢者になってしまった。しっかりと「認知機能検査」の通知が届いた。

 大丈夫だろうか。仕事もやめ友達もなく、楽しみと言えば車しかない。もし不合格だったらどうしょうか。正直、診断書だの公安委員会などという通知書の怖い文字を見ると不安がなかったわけではない。

 家族は、大丈夫?と激励なのか疑っているのか、声をかけてくる。何を言っているんだ、大丈夫に決まってるじゃないか、とあえて不愉快な顔つきで返事をした。

 定刻1時間前に警察署に行った。駐車場を確保するためである。受講者は私を入れて8人。多分警察官だと思うが、ワイシャツ姿の担当者が慣れた口調で検査の流れを述べる。

 不正があれば即刻退場、検査料は返さない、ということを繰り返し言う。

 検査項目に記憶力がある。4つの絵が描かれたパネル4枚が次々と掲げられ、その計16の絵を思い出して書き出せという問題である。

 4つ思い出せない。妻との金婚式記念北陸ドライブ旅行はあきらめざるを得ないか、と不安がよぎった。結果は合格であった。

 正確に言うと合格という言葉ではなく「認知症のおそれがある基準に該当しませんでした」という文言が検査通知書に記載されていた。当然だ、私が認知症なんかになるはずはない、と思った。

 しかし通知書には、今回の結果は記憶力や判断力に低下がないことを意味するものではなく、加齢により能力は変化するから今後も気をつけて運転することが大切です、という趣旨の注意書きが書いてあった。

 そうかやっぱり歳をとったのか。若いつもりでいたがやっぱり歳なのか。人は自らの老いを覚ることは簡単ではない。老いを自覚したらそれこそいっぺんに老けてしまうのではないか。

 他人に、私も歳をとりましたと言えば、何をおっしゃるまだまだお若いではないですか、と言われる。警察は歳だ、歳だと言う。そのうち自分の歳が分からなくなってしまうのであろう。

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