素晴らしい訴訟が提起された。
大川原化工機事件で亡くなった相談役・相嶋静夫さんの遺族が、保釈を認めず違法な拘束を続けたとされる裁判官37人の責任を問う訴訟を提起した。
これは日本の刑事司法の「人質司法」に正面から挑む、歴史的な行動である。遺族の勇気に心から敬意を表したい。
「法の番人とされる裁判官が捜査機関に従属し、無実の父の自由を奪う決定を下した。裁判官の責任を明確にしなければ人質司法はなくならない」
「父は警視庁公安部の任意捜査に協力し、逃亡の恐れがなかったにもかかわらず裁判所は逮捕状や勾留状を発布した」
「がんを発症し、身体拘束を続ければ生命に重大な危険がおよぶことは明らかだったのに、8回に及ぶ保釈請求をすべて却下した」
「証拠資料を吟味すれば逮捕や勾留の必要性がないことが容易に認識できたのに、故意または重過失でこれを見落とした違法がある」
「夫は無実のまま死んだ。なぜ死ななければならなかったのか」
「裁判官は紙切れ一枚の重みを感じてほしい」
遺族の言葉は、司法の構造的問題を突きつけている。法の番人とされる裁判官が捜査機関に従属している。「却下としておけばいいんじゃないの」という程度で保釈がすべて却下された。
「裁判官の独立」を理由に最高裁は検証すら行っていない。
裁判官の独立とはそういう事ではない。上部からも捜査機関からも政治からも影響を受けず、己の信ずることによって判決を下すべきという事である。
裁判官でも自分のジャッジに誤りがあれば当然責任を負う。この事が日本の裁判制度では不明確であった。
これは裁判所が言うところの未必の故意ではないか。「保釈した方がいいかもしれないが、公安部の事件だから却下にしておけば文句を言われないだろう」
根拠不明な法服を身にまとい、高い段から見くだすように権力を振りかざす裁判官。
一度民事とは言え被告の身になって、胸に手を当てて自分のしてきたことを思い起してはどうか。偉そうに人を諭すようなことは言えなくなるはずである。
重ねて遺族の方々の勇気と行動力に敬意を表したい。


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