今から20年くらい前のことだが、私の仕事に関することで埼玉の裁判所で研修を受ける順番が回ってきた。
各法廷の入り口に張り出されているその日の審理予定の案内表示から、ある会社の社長さんが被告人になっていることを知った。
その会社は、息子が勤めている会社と取引があることを息子から聞いたことがあるので、息子にそのことを伝えた。
息子に聞いてみると、その会社の担当として以前大きな取引をしたことがあるという。
「そんな人と取引をしてお前は大丈夫なのか」と思わず聞いたが、「誰でもそれなりの商売をしていれば、事件のひとつやふたつ訴えられることもあるだろう」というのが息子の返答であった。
その言葉を聞いて息子の社会的成長に驚いたが、と同時にそう捉える息子が親として心配であった。
息子はパッパラパーとした人間だが、人の悪意に取り入るような人間ではない。なぜなら私に似てそんな度胸はない。
ま、過ぎた話である。
昨年の1月に亡くなった友人がよく言っていたことに、「我々の仕事で嫌なことは突然裁判所から訴状の送付を受けることである」ということがある。
自分のミスに気がつかないまま、あるいはミスもないのに一方的に訴えられることがあるという。大量に案件を処理していればケアレスミスもある。しかしミスはミス。
人生平穏な日々を過ごしているときに、それを壊そうとするような訴状が届く。確かに怖いし不愉快なことてある。。
実はときどきそんな夢を見る。間違ったことは思い出せないから始末が悪い。
母が死んでから一度も母の夢を見たことがないのに、かつての仕事の夢をよく見る。
儲けたということではなく、見落としていたことがあったのではないか、という不安。
忙しかった。見落しがあったかもしれない。訴えられたらちゃんと向き合おう。でもそんな失敗はしていないはずだ。
そんなことを思いながら朝が来る。
自民は勝ったが、今夜も大地震がありませんように。


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