箱 根 駅 伝

つぶやき

 マラソンの苦しさというものを少し知っている。中学生の頃、クラス対抗マラソン大会というのがあって、いつも代表に選ばれていた。 

 選ばれた理由は私が新聞配達をしていたからで、当時新聞配達は今のようにバイクではなく、走って配るのが普通であった。だからマラソンに向いているというのである。

 言ってみれば押し付けられたようなもの。誰もマラソンなんかに出たくない。しかし私は運動会の短距離でも、体育の時間の学外マラソン授業でもいつも一番だったので、私しかいないということになった。

 東京の新宿区は坂の多い町である。東京の下町は平坦で、坂と言えば橋を通過する時のわずかな登りと下りしかないが、新宿の町には見上げるような坂道もある。

 中学校の学外マラソンコースは、もちろん42キロなどという正規の距離ではなく10キロくらいだったと思うが、この距離でも中学生くらいの体力にはかなりきついものであった。

 後半下り坂に差し掛かると、体の疲労に関係なくスピードが出てしまうため速度を調整することになるが、膝への負担が大きい。ゴール近くには登り坂があり、それを登るには胸がものすごく苦しくなる。ゴールに入れば倒れ込むしかない。

 懐かしい思い出ということではないが、マラソン授業で思い出すことは、次の授業に影響することである。

 マラソン授業は冬の体育の時間に行うが、みんな汗だく疲労困憊。しっかり走った者も適当に手を抜いて走った者も、この距離を走るとかなり体の負担になる。とても次の授業の机に平常心で向かえるものではない。

 大体マラソンの授業を、普通の科目の間に入れるということがおかしい、マラソンの授業は最終5時間目の時間割に入れるべきだ、という意見が出たらしい。

 生徒からではなく、マラソン後の教室がいつまでもざわついて落ち着かないことに怒った次の科目の先生が校長に談判したようだ。

 マラソンの話を始めたのはもちろん箱根駅伝のことから。青山学院2度目の3年連続優勝。ものすごい記録である。

 「死ぬ気で頑張ってきた」という選手の言葉があったが、そうだろうなと思う。
 
 青学ともなれば部員は何人いるのだろうか。みんな中学・高校時代からの精鋭の集まり。しかし選ばれるのは10人。

 選ばれて箱根の道で活躍するにはどれだけの努力を要することか。私などが想像する何倍もの努力があったものと思う。

 こういう経験は人生の宝となるはず。スポーツの世界は理屈抜きであるから、人生何が大事なことであるか、選手たちは体で知ることになる。それはものすごく大事なことではないか。凡庸な人生を送ってきた者には、彼らの清々しい顔が限りなく美しく見える。

 4年生として最後の箱根でも選ばれない選手もいたはず。選ばれない選手の方が多いのかもしれない。チームの勝利を祝うが、自分の気持も収めなければならない。それも辛い話である。

 集団スポーツ。各選手の力量もあるが、監督次第であることを原監督は社会に示している。

 根性論でもないようだし、俺について来い、でもないようだ。今一番気になる人である。

コメント

タイトルとURLをコピーしました