30年来の近所の知人が亡くなって、その奥さんの奇妙な言動が「もしかして…」ということになっている。
知人が亡くなったのを知ったのは2月の初め。この夫婦はエレベーターのない5階建てのマンションの5階に住んでいる。
いつも背中にはリュックサック、両手にはエコバック、という買い物帰りの奥さんを我が家から見ていた。
なにもそんな重い荷物を持って毎日買い出しに出ることもない。スーパーの宅配や生協などに頼んだらどうか、と家内が声をかけていた。
奥さんは、「主人は口が肥えていまして」と言う。その奥さんの姿をこの1ヵ月近く見なかった。
なにかあったのではないか。そう思って家内に電話をさせると、「主人は1月7日に亡くなりました」という奥さんの返事。
以前は毎日のように夫婦そろって我が家で食事をして、娘や息子の結婚披露宴にも出てもらった仲。わが家以上にこの夫婦と日常的につきあいを持った人は近所にいないはず。なぜ亡くなった知らせをくれなかったのか。
この奥さん、童女のようなところがある。このブログにも書いたことがあるが、人と接すればまず、「ステキです、ステキです」と人が着ているものを褒める。着ている人が恥ずかしいと思っている普段着でも「ステキです、ステキです」
道であった人に子供がいると聞けば会ったこともないのに「立派にお育てになって」
子供が高校を中退してチンピラのようなことをやっているという人に対しても「立派にお育てになって」
私が歯医者から帰ってくると、「エライです。エライです」
愚かな人ではない。息子さんを東大法学部に現役で合格させた人である。
しかし対面的な人間関係のやり取りには全く対応ができなかったようだ。人を褒めること、つまり一方的に善意を伝えることで人間関係が保てるものと理解していたようだ。
つい何日か前、家内とその奥さんとも共通の知人が歩いている時、「主人は今あちらの方に出かけております。お散歩ですか、立派です、立派てす」とこの奥さんから声をかけられたという。
亡くなったご主人は94歳。奥さんは90歳。配偶者の死をきっかけに認知症を発症する例は多いと聞く。
90才になる「童女」のような奥さんが夫の死を理解できず、「主人は今あちらの方に出かけております」と言ったとしたら……。
夫の死を理解できない童女のような奥さんが、これからも「ステキです、ステキです」「立派です、立派です」と会う人に言うのだろうか。とても哀れに思える。


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