今53歳になるという女性で、女子美大を出てチンドン屋になり、40歳を過ぎて親方が亡くなったため、今は浪曲師の修行をしているという人のことが以前新聞で紹介されていた。
彼女のドキュメンタリー映画が作られたらしい。「絶唱浪曲ストーリー」というそうだから、波乱万丈の人生なのだろう。
この人の記事が目にとまったのは、若い時チンドン屋の世界に入った動機である。
「建前ばかりの人間関係より、本音でぶつかる家族のような付き合いが、居心地がよかった」と書いてあった。
「本音でぶつかる家族のような付き合い」。最近聞かない言葉である。昔の家族は本音で付き合っていたのだろうか。
何か心に残る言葉であるが、しかし本音でぶつかる付き合いというのも鬱陶しいものだろうなと思う。
私の知り合いの女性が亡くなる前、自分の子供たちが如何に優しくしてくれるか、私に語ったことがある。作り話のようには思えなかった。
この女性はどちらかと言えば、子供のことより自分の遊びに金を使った人だった。町工場の経営者のもとに嫁ぎ、贅沢三昧に生きた。
子供たちは率直に言ってあまりできがよくない。高校も、どの親もあまり行かせたくないようなところしか選択肢はなかった。結婚してもあまり素行はよくなく、2人とも離婚となった。
母親であるこの女性は、離婚が子供の将来においてどういうことになるのか理解できなかったようだ。かえって子供たちが自分のもとに戻ってくれてうれしい、という気持ちしかなかったのかもしれない。
この女性が末期がんで緩和病棟に入院した時に見舞ったことがある。そこに息子さんが来ていた。1日つきっきりのようだ。
実にこまごまと世話をする。看護師に対する指示も的確である。美容師を呼んでいた。病床にいても母をきれいにしてあげたいと言う。
車いすからベッドへの移動もすべて彼がやる。その女性は息子に抱きかかえられた時、実に嬉しそうに息子の顔をずっと見つめていた。
いい学校にも入れず、いい職にもつけず、離婚はするし、どうしようもない息子ということになるが、彼女には最高の家族であったようだ。実に幸せそうな顔をしていた。余命2週間の人の顔ではなかった。
子供が自分を大事にしてくれる。女性にとってこれに勝る幸せはないのかもしれない。
子供たちに借金を残し、長男が継いだ稼業も時代の流れで衰退の一途。
子供たちの離婚を止める努力もしなかった。母親としてどんなものかと思うが、子供たちに尽くされて幸せに死んでいった。
無責任な生き方だなと思うが、本人は死ぬ直前までうれしそうな顔をしていた。
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