ずいぶん昔に、なにかの本で知った話だが、二人の靴のセールスマンが靴の販売のためアフリカに派遣される話がある。
セールスマンの一人は、「靴が売れる見込みはない。この国では誰も靴を履いていない。」と本社に報告し、もう一人は、「靴が売れるのは間違いない。この国では誰も靴は履いていない。」と報告した。
若い頃、こんな話から物の見方というものを知ったような気がする。マーケティングの世界で使い古された話らしい
久しぶりにいつもの公園にウォークキング。閑散としているが、老いた母親を歩かせることがいいことなのかどうなのか、そんなことを考えさせる親子連れに遭う。この親子連れからではないが、歩かないと便が出ない、という話を聞いたことがある。
「やっぱりここの味噌ラーメンはうまい」と家内と話しながら、食べ終わって師走の大型ショッピングセンターに向かう。
昔のような師走の商店街というのは無くなってしまった。そうなら現代の商店街と言うべき大型ショッピングセンターの師走の風情というのはどういうものなのか。
正月飾りが店頭に並べてあっただけで、正月の歌も店内にはなく、いつものと変わらない。クリスマスのときもそうだったが、音楽は放送しないようである。年末の喧騒というものがない。
フードコートで食事をしている80歳前後と思われる女性を何人も見かける。店内で買った弁当を食べているようである。ご亭主は多分亡くなっているのだろう。3日後は正月という雰囲気はない。
4時過ぎに戻ってさっそく一杯始めたが、つけたテレビが最悪。最近歌謡曲番組で昭和の歌を若い歌手が歌う。
直観的に「見たくない」といつもチャンネルを替えるが、その時「ブルーライトヨコハマ」を若い男性歌手が歌っていた。ワンフレーズだけ聴いたが、耳を覆いたくなるほど耐えられなかった。
若い歌手が昭和の歌を歌うのもなかなかいいもんですよ、という人もいるだろうが、昭和の歌はオリジナルのままにしておいて欲しい。若い人にさわってほしくない。
若い歌手が下手だと言っているわけではない。あのノリで昭和の歌を歌われたらたまらない。歌い継がねば昭和歌謡が埋もれてしまう、などと考えなくていい。昭和歌謡は団塊の世代と共に埋もれていいのだ。
テレビを変えたら、「みんなあなたが好きだった」という長嶋茂雄さんの番組。昨年12月にNHKBSで放送されたものらしいが、追悼ということなのだろう。
何があっても前向き。ポジティブ。お客さんを喜ばす。間違いなく昭和のヒーローであった。
引退試合の涙の外野一周は、ダプルヘッダーの第一試合が終わってのことで、正式なセレモニーには予定されていなかった。長嶋さんが感極まって勝手な行動をしたらしい。
三振してヘルメットが宙に飛んで行く写真は、長嶋さんの闘志を表す傑作だが、あれは長嶋さんの演出で、アメリカから大きめのヘルメットを取り寄せ、わざと脱げやすいようにしていたという。
でもこういう話は内緒にしていた方がいい。去年の収録と思うが、高齢となった長嶋さんが何か手柄話のように話すと「長嶋さんもうそれ以上言わないほうがいい」と思う。



コメント
『昭和歌謡はそっとしておいて』
まるっきり同意します。74歳の女性です。海外在住なので、残念ですが日本のテレビはユーチューブなどで見るだけです。
私が育った当時の日本は、ラジオを聴くか、家族全員で同じテレビを見る時代でした。また音楽番組の全盛の時代でもありましたね。本当に楽しかったです。
昭和の歌はどのジャンルでも好きでした。今でも懐かしくて良く聞きますが、当時のままの録音が好きです。懐かしの歌番組で、本人が歌っていても、歌い方を変えてしまってがっかりする事も多いです。私の頭と心の中には、当時の記憶が残っていて、その曲を聴くと青春時代にタイムスリップする気がします。本人と違う人のカバーを聴く機会もありますが、気にいるのは無いわけではありませんが、ほんの一握りです。若い歌手が昔の歌をカバーしても、昭和の匂いは出せませんね。
最近は紅白も様変わりして、私などは知らない歌手ばかりになり、ここ何年も観る気が起こりません。
日本に行く度に、買い込んだ沢山のCDが手元にありますので、十分ですし、ユーチューブで当時の動画を見るのも楽しいです。