「あと何年生きられるか分からないから、風呂をリフォームして気持ちよく過ごそう」と思うか、「あと何年生きられるか分からないから、リフォームなど無駄」と思うか。
我が家の浴室をリフォームして来年1月で丸3年が経つ。まだ1年くらいかと思っていたが、月日の経つのは早い。
まだどこも傷んだところもなく、もったいないと思ったが、「残りの人生、気持ちよく過ごそう」ということにした。
我が家は40年来毎日朝風呂。夜に風呂に入るということがほとんどない。
夏など寝る前にさっぱりと、というのが普通だが、朝風呂が習慣となると寝る前の風呂が面倒になる。エアコンで汗がひいているからかもしれない。
冬の朝のルーティンは、まずなにより脱衣場と浴室を温かくすること。
脱衣場にはエアコンを設置していないから、3畳用くらいの石油ストーブを置き、浴室には強力な天井暖房装置をセットした。
38度に予約した湯温は、ストレスを感じることなく入ることができる。体がこの温度に馴染んだところで温度を上げる。
「お風呂の温度を42度に変更しました」と言う若い女性の声が、難聴の耳にも聞こえる。これがうれしい。
じわじわと温度が上がる。40度過ぎたあたりから気分は極楽。血管は広がり、体は浮力のせいで無重力に近い。この気分は朝風呂でないと味わえない。
外国人は湯槽に入らないというが、そういう習慣がないだけで、暑い湯に浸かることの気持よさに感激した外人の話はよく耳にする。
この時期6時になっても風呂の窓は暗い。明るさを控え目にした灯りの元で湯に入る。夏場は灯りをつけない。朝風呂は薄明りの中で入るものである。
朝風呂は考える場ではないが、思いつく場である。若い頃と違い今日の予定を頭に描く必要は無くなったが、ふと昔のことや亡くなった人のことを想う。私の人生のターニングポイントも朝風呂での思いつきであった。
極楽の朝風呂も立ち上がらなければならない。湯槽から立ち上がるには覚悟と言うほどではなにか踏ん切りが必要である。
風呂は血管が広がる極楽と、体を洗うという現実が両方存在している場所。立ち上がることは現実に戻ることだが、急に立ち上がると現実に戻れないという危険もあるらしい。ゆっくり立ち上がることが必要のようだ。
3日にいっぺんくらいで体や頭を洗うことにしている。今日は洗わなくいてもいい日だと思うと極楽が倍になったような気がする。



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