感動を求めるのはやめよう

つぶやき

 仕事をやめればあとは遊ぶことだけになる。勉強は遊びではない、という人もいるかもしれないが、高齢者の勉強は所詮遊びである。

 人間は仕事のために生きるのか、遊びのために生きるのか。そんなことを考えずに生きるのか。スポーツ選手は働いているという気があるのだろうか。

 どうやって時間をつぶすか。このことが結構気になる。予定表が多少とも埋まってくれれば格好がつくが、そもそも予定表すら持っていない。

 家の者にはとっくにバレていることだが、友もなく、趣味もなく、図書館に行くなどと言う習慣もない。仕事をやめても結構忙しいのだ、と見栄を張りたいがそうもいかない。

 そんなことから高齢者の夫婦は出かけることが多くなる。今の時代、普段着でどこにも行けるようになった。

 高齢者の普段着というのは、なんとなくねずみ色である。男性は野球帽をかぶることが多い。あまりきれいな格好をしないのが定番となっている。

 それでいいのだろうが、高齢者というのは、それでなくても古ぼけているのだから、少しはオシャレをした方がいい。

 昨日、以前ネットで見たレストランに行った。
 田園の中にあるレストラン。隠家のような佇まい。時の経つのも忘れるような開放感。広々とした庭園。
 それなら行かなければと高速を走る。

 つまらない店であった。田園ではなく田んぼの中。隠家というより、隠れてればいい店であった。写真というものはリアルであっていい加減なものである。

 私たちと同じような高齢者夫婦が経営し、私たちと同じような高齢者夫婦が3組。ウィークデーにこんなところまで来る人は高齢者しかいない。みんな時間をつぶすのに苦労しているのだ。

 「人の振り見て我が身を直せ」。このレストランで思うことがあった。夫婦で出かけるのも考えものだ。

 これからはウィークデーに夫婦でわざわざ出かけて行って、話題になったとされるレストランなどには行かないことにする。ネットなどが勝手に話題にしているだけで、それにつられてホイホイ行くのはバカげたことである。

 仕事をしなければ暇に決まっている。だからと言って色々食べ歩いたり、名所旧跡を訪ねるのもなんとも寂しい。

 夫婦で出歩くのは用事があるときだけにした方がいい。出かける回数を減らして、出かけるときは精一杯のオシャレをして豪華に、最高のレストランに行った方がいい。

 何もすることがないときは、じっと耐えて生きていくのが高齢者である。じたばたと感動など求めて歩き回らない方がいい。そんなことを考えさせられた田園レストランであった。  (了)

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