日本で過去20年最悪級の市街地火災となるらしい。大分県大分市の佐賀関で170棟以上が焼ける大火。18日夕方発生したが、今朝のニュースではまだ鎮火には至っていない。死者が出ているらしい。
テレビ画面が全部真っ赤になるような火の規模と勢い。就寝の時間ではなかったから人的被害が少なかった。
佐賀関と言えばひょっとして、と思ったらあの関アジ、関サバの水揚げ地。漁港も大きな被害を受けたようだ。
古い町らしく、東京の下町に見るような狭い路地が続き、消防車が入れなかったことも大火事なった原因だと言う。
忘れていたが、何年か前の新潟県での大火事を佐賀関の報道で思い出した。「糸魚川市大火災」。たしか中華そば屋から出火した火事だった。
この火事は平成28年。
「糸魚川市大火災」の焼失面積は33,000㎡。佐賀関の火事はこれを上回り、48,900㎡。東京ドームは観客席を含めて敷地面積は46,700㎡。
大火と言えば「酒田の大火」という話を聞いたことがある。この火事は昭和51年のことだが全く記憶にない。焼失家屋は1,774棟、焼失面積は225,000㎡。桁違いである。
しかしどういうわけか「昭和の三大大火」の一つに数えられるというのに、一般に「大火」と言ったときに真っ先に連想される火事ではない。市民に死者が出なかったことや、全国的に知られた地名ではないことからそういうことになっているらしい。
人が何人も亡くなるような大災害をブログに書くのも気が引けるが、大火災と言えばホテルニュージャパンの記憶は生々しい。昭和57年のことだった。
私は資格試験の勉強中でよく徹夜をしていた。窓から助けを求める人影を見たが、あれはあとのニュースでのことだったのか。とにかく深夜、東京のど真ん中の高級ホテルの大惨事が報じられた。
クラブ「ニューラテンクォーター」はこのホテルの地下にあったらしい。力道山が刺された店である。デビさんはここでホステスをしていたと思っていたが、そうではないようだ。
死者33人、負傷者34人を出した大火災であったが、この火災で横井秀樹という実業家を知ることになった。
焼けたホテルのオーナーということだが、火災後の対応のせこさや、金を惜しんでホテルの安全対策をしなかったとか、そんなことがずいぶん新聞などで取り上げられた。スプリンクラーは張りぼてだったらしい。
丁稚奉公から戦前・戦後の世の中を渡り歩き、典型的な成り上がり者と言われた人である。
日本の高度成長期に、政商とか政界の黒幕と言われる人物が世上を騒がせたが、みんな戦前・戦後のどさくさの時期に軍事品調達などで財をなした人ばかりである。横井秀樹もそのうちの一人である。
ホテルニュージャパンの火災は、外観は世界第2位の経済大国となった日本社会の、戦前・戦後におけるの暗部というようなものを白日の下に引っ張り出したようなものだった。
この時代の人物。尋常高等小学校卒の人が多い。バカにしているわけではない。そういう時代だったのだ。
何兆円もの財をなしたという横井秀樹はバブル崩壊とともに破綻する。
日本そのものと言っていいのではないか。



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