数年前まで、婚姻外で生まれた子の相続分は、婚姻によって生まれた子の半分だった。
俗な言い方をすれば、妾の子は正妻の子の半分しかもらえない、ということである。妾とは古い言葉であるが、今は俗でも妾とは言わないのかもしれない。
平成25年に「出生に基づく差別だから憲法違反だ」という判決が出て、「婚姻外で生まれた子の相続分は半分」という規定が削除された。つまり婚姻によって生まれた子と同じになった。
それはそれでいいことだが、ということは、法の下の平等を定めた新憲法が制定された当時も、発布されてから70年という間も、この規定が憲法違反であるということに国会も裁判所も国民も気がつかなかったということになる。
また、法の下の平等を新憲法が定めたから、妾の子にも相続権を認めるということはいいことだが、しかしなぜ婚姻関係に生まれた子の半分としたのか、というのも、今となってみれば疑問となる。
妾の子なのだから正妻の子と同じにしては正義に反する、という判断があったのかもしれない。半分でも多いという考えもあったかもしれない。要はやはり法の下の平等といっても差別感情があったということである。
婚外子のことで田中角栄さんを引き合いに出しては恐れ多いことだが、金権政治と共に田中さんには婚外子の話題がついて回る。
田中さんには真紀子さんという娘さんがいるが、長男を幼い頃に亡くしているので嫡出子は真紀子さんだけということになる。
しかし田中さんには3人の婚外子がいるとされている。
田中角栄死亡に際して婚外子の人達は相続を受けることができたのだろうか。私が気にするようなことではないが、真紀子氏の気性を思うと気になる。
週刊誌などでいろいろな噂があるが、安アパートで生活保護暮らしという婚外子の人もいるらしい。
田中真紀子という人、不平不満だけで政治家になった人で、それだけの人でそれで失脚した人。なにより父親の女性関係が許せなかったらしい。
東京高裁が、同性婚を認めないのは合憲と判断した。今まで他のいくつかの高裁判決はいずれも違憲。
東京高裁の裁判長は女性。ただ一人敢然と、違憲とする時の流れに竿をさす。
結婚は男女のことで、同性の結婚を法は想定していない。同性婚の問題は個人が抱える不利益を重視するのではなく、家族を巡る法制度制定に関する国会の問題。その通りである。
しかし結婚は繁殖に関することだが、最初から子供を生まない結婚というのもある。それは男女の共同生活だけということになる。そうであれば同性の結婚というのもあっていい。
共同体という実体に立法も司法も目を向けてもいいはずである。
家制度において婚外子に相続はなかった。法の下の平等を謳う新憲法の下、婚外子は半分の相続権を持つことになった。70年近くかけて半分では不平等ということになった。
そうさせたのは国民感情。同性婚もそうなるのか。


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