台風の怖さは母から教えられた。
「屋根にポチっと穴が空いたと思ったら、屋根がもっていかれた」という話は、子供のころから何度も聞かされた話である。
部屋から屋根裏が見えるということだから、よほどのバラック小屋に住んでいたのだろう。幼い子供3人と病床の夫がいる。台風が来るたびに母を思う。
九十九里の海岸に何度か立ったことがあるが、青空の下にあの海岸線を見たことがない。いつも暗く荒い陰鬱な海であった。
私の気持ちの中では九十九里浜は苦渋苦里浜でしかない。
紀伊半島に進んでいた台風10号は西に進路を変え、鹿児島、長崎を暴風圏に巻き込んでいる。
935hPa。昭和34年、紀伊半島から東海地方を襲った伊勢湾台風と同じ最大級の危険な台風になった。
伊勢湾台風の死者は5000人を超えている。犠牲者が最も多かった地域は名古屋港付近の名古屋市南区や港区と記録されている。
名古屋港の貯木場にあった20万トンに及ぶラワン材が、高潮によって流失し、直径1メートル、長さ10メートル、重量7.8トンにもなる木材の大群が高潮に乗って住宅地を破壊した。恐ろしい話である。
鹿児島には枕崎台風の歴史がある。伊勢湾台風、室戸台風と共に昭和の三大台風と言われている。
被災地の人々を、だだ思うしかない。
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