家内は発熱してから5日目のきのう、ほぼ平熱となって4日ぶりに風呂に入った。普通の風邪だったのかもしれない。
空豆がなくなってしまい、武蔵村山のショッピングセンター買いにいく。片手では持てないような量が入っていて500円。ものすごく安い
このショッピンクセンターに行く度に、村山医療センターという国立病院に通ったときのことを思い出す。今は国立病院とは言わないようだが、多摩地域の脊髄医療の基幹病院である。
15年ほど前、手のしびれなどから、頚椎症性脊髄症と診断され、即手術ということになった。
検査入院が済み手術という時、東日本大地震が発生したため手術は延期となり、その後私の意志で手術をやめることにした。
手術をやめることにしたのは、結構怖そうな手術であることと、医者が信頼できなかったから。
慶応出身のまだ若い医者であったが、「患者に寄りそう」というところが全くない。私を練習台としか見ていない、と私は思った。
医者に限ったことではないが、人は自分が置かれている立場によって、考え方も行動も決まってくる。
若い外科医師となれば、まず場数を踏むことがなにより大事なことになる。テレビのドクターXでは手術が苦手で論文で教授になった、というような話もあった。
中堅ともなればより高度な技術を身に着け、医療経験をもってより高い地位を目指すことになるのだろう。
私の首と腰を手術した医師は国立病院の院長を務め、防衛医大の講師もした人だが、現在は町中の民間病院の嘱託医。
患者を呼べる高名な医師としての役割で病院に雇用されているような気がする。
医者は開業すれば病院経営ということになる。なにより売上優先となることは必定。長年通っていた歯科医は義歯を作る時、「保険ではなく自費で作っていただければ今後もずっも診させていただきます」と言っていた。
昨年60代で亡くなった「なんでもあり科」の初診料稼ぎの医師は、血圧150の患者に、よその病院に行ってくれと言う。期限切れのコロナの予防注射をするような医師であった。
「とりあえず様子を見ましょう」と医者はよく言うが、クリニックで精密検査をすると、むしろ赤字になることがあるらしい。面倒な患者を抱えないことも病院経営には必要なことのようだ。
がんを風邪と診断するようなケースが多いが、医療制度そのものにも、町医者がこのような診断をする原因があると言われている。
いい医者ばかりではない。いい医者を探した方がいいが、病気になると藪医者でも頼りにしたい気になってしまうものである。



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