兄とは30年近く絶縁状態である。原因は母の介護をめぐることで行き違いということだが、兄の結婚相手にも遠因があったとも言える。
兄夫婦から言わせれば私のせいだ、ということになると思うが、兄弟の絶縁とはそんなものである。
兄は中学校の卒業写真で顔をわざとそむけるような人である。その兄の恋を思い出す。兄の恋に彼の人生が現れている。まだ生きているのか知らないが、いろいろ世話になったなと思う。
兄は中学卒業後、旅行代理店に就職した。旅行代理店と言えばその名が出る大企業である。当時はそのような大手の会社が中卒を採用していた。それも事務職としてである。
兄は定時制高校に通い、夜間大学の経済学部に進学した。
勤め先を旅行代理店から地方公務員に変えた。旅行代理店の勤務時間では授業に間に合わなかったらしい。
まだ旅行代理店に勤めていた20歳前のころだと思うが、兄が私に打ち明けた。新宿の駅ビルでエレベーターガールをしている女性を好きになったというのだ。
あの兄が口にするくらいであるからよほど思い悩んでいたと思われる。
私はその人を見に行ったことがある。兄はお姫様役をやる田代百合子という女優が好きだった。そのエレベーターガールはよく似ていると思った。
デートするはずもなく、声をかけたということもないと思う。兄の初恋は私に告げることだけであったようである。
可哀そうな初恋であった。
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