よみ―がえーるあいー

つぶやき

 いつものようにあまりいい話ではない。死ぬならポックリ逝きたいとか、がんがいいとかいう話があるが、なんてったって眠るようにが一番いい。

 死ぬならがんがいいという話は、13年ほど前に小野寺時夫という医師が出版した「私はがんで死にたい」という本のことかららしい。

 誰もが死ぬならポックリがいいと思っている時に、がんで死んだほうがいいと言うのだから話題性があった。

 小野寺医師は消化器がん外科専門医で、35年以上にわたって5000人以上のがん治療をし、その後ホスピス科医師兼ホスピスコーディネイターなどをされていた。

 小野寺医師が、心筋梗塞や脳出血による「ぽっくり死」「突然死」よりも「がん死」がいいのというのは、がんの方が楽に死ねるということではなく、死ぬまで多少とも時間があることが、自分の整理や残された家族のためにいいということらしい。

 この著作の中で日本の医療界の「手術至上主義」について述べている。がんという病気は手術すればすべて治るというものではない。手術することでかえって患者の苦しみを増し、命を縮めているという。

 「患者よ、がんと闘うな」を出版された近藤誠医師と親しい人かと思ったら、「がん治療のウソ」という本を共著で出版されている。

 小野寺医師は6年前にがんで89歳で亡くなられているが、何がんだったかはコパイロットに聞いても分からなかった。
 ホスピスに来る末期がんの人が、医者によってめちゃくちゃな体にされているという話は衝撃的である。

 2日前の深夜放送は中村泰士の特集。ちあきなおみの「喝采」はこの人の作品であった。

 このところ、この番組で聴いたヒデとロザンナの「愛は傷つきやすく」という歌をよく口ずさんでいる。フーガ的な処理をした盛り上がり部分がなかなか面白い。編曲はあの森岡賢一郎氏。

 この時代の歌謡曲などの作曲家は元歌手だとかという人が多い。楽譜が書けるのだろうかという人もいるが、ほとんどの人は口ずさんだメロディをテープにとってそれを「作曲」としているようだ。

 ちゃんとした歌に仕上げるのはアレンジャーやディレクターがやる。ともかく売れそうなメロデイが浮かべばいいのである。

 ヒデさんは1990年の6月に47才の若さで亡くなった。ロザンナさんの悲しみに暮れる顔が記憶にある。

 1989年の7月にひどい下痢をおこし、末期の直腸がんと診断され、手術の甲斐もなく1年も経たずに死を迎えることになった。逸見政孝さんが48歳の若さで亡くなったのは1993年。

 当時のがん治療はとにかく浸潤部分とその周辺をすべて切り取ることであった。摘出部分は逸見さんの体重より重かったという話がある。

 人生終わりはやはり眠るようにがいい。

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