きょうはクリスマス・イブ。クリスマスの前夜と思っていたが、イブには前夜の意味はなくイブニングのことで、そのまま「クリスマスの夜」というのが正しいそうだ。教会暦の12月25日は現代の24日の夜からのことを言うらしい。
日本人にはクリスマスに祈るという習慣はない。日本のクリスマスは、横浜や神戸などの外国人居留地で、家々にクリスマスのイルミネーションが飾られたことが始まりとされ、デパートやケーキ屋やキャバレーによって定着したと言われている。
「今日はクリスマスイブだから」という言葉に、日本人は何を込めているのだろうか。
東京下町の繁華街で子供時代を過ごした者としては、クリスマスはバタークリーム味のクリスマスケーキと、オッサンたちの酔っぱらったバカ騒ぎしかない。しかしバタークリームのケーキというのは食べると気持ちが悪くなった。
昨年の今頃は、家内のいとこの孤独死のことから、いろいろ人と連絡を取り合うことが多かった。
いとこは家内に孤独死の不安を語ったことがあったようだが、長い社会生活を経て、77歳にもなって緊急連絡先を家内にしかできなかった。
大した人生ではなかったということなのか、社会生活というものはそういうものなのか。
いとこを責める気はないが、身内のいない人の死というものは、周囲に迷惑をかけるものである。しかし人の死に関すること、良識をもって対応することが人としての務め。良識は損をする。
知人に孤独死しかない人がいる。会社の退職勧奨に応じて48歳で退職し、ちょっとまとまった金を手にしたが、外国人ホステスに貢いでしまった。愚かな人間ではないが、どういうわけかまったく社会性が身についていなかった。
その後生活に困窮したという話を聞いたことから援助をしてきた。人に情けをかけるものではない。他人は自分が思っているように思っているわけではない。
見返りは期待しないが、感謝の気持ちくらいは欲しい。それすらないのだから、人に情けはかけるものではない。
しかし情けをかけてしまうのが下町育ち。しっかりしている人は人に情けなどかけない。見返りがあり得ないことを知ってのことではなく、情けをかけないことに平気でいられるからである。
こういう人はみんな優しい顔をしている。



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