「思いーーいいい出したんダットサン、会いたくなったんダットサン」という歌が深夜ラジオで流れる。この歌をこういうように聴いた人は私の年齢に近いはずである。
「日産追浜 生産終了へ」
技術のニッサンがしぼむばかりである。外国人経営者に任せていいものなのだろうか。食い物にされているのではないか。私の車はこの工場で作られたはず。
今日は血液検査のため朝食がとれない。予約時間までの暇つぶしに、きのうからの続き、保守とか極右政党のことについて、下手の考えをめぐらしている。
このところの保守の主張するところ、結局「帰属意識」に集約されるような気がする。「国民は万世一系の天皇を中心に結束し、いざとなれば国家のために命を捨てる覚悟を持つもの」
どうして保守の主張は、「天皇」とか「お国のために死ねるか」という話になるのだろうか。
明治の時代に戻れということなのか。明治の時代は先の戦争で克服し、新しい日本という国になったのではないのか。
以下はネットの記事によって知ったこと。
「伊勢神宮と靖国神社の聖域化、天皇陵の造営・整備が開始されたのも、現在につながる皇室儀礼が定められ、『万世一系』が至上の価値として強調され始めたのも明治20年代のこと」
「国民国家創設のために、それまで京都以外の一般民衆にはまったく認識されていなかった天皇が前面に押し出された形である。国民統合のシンボルにしようというわけで、天皇陵や神社には天皇の存在を周知させるに補完的な役割が期待された」
保守・極右が伝統、伝統と言っていることはそんなに古いことではない。
男尊女卑はやはり間違っていると思うし、同性婚もジェンダーもみんな認めていいのではないか。
「お国のために命を捨てる覚悟」がどれほど間違った考えであったか、日本国民なら十分判っているはずだと思うのだ。
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