角川書店と言うと懐かしいが、「KADOKAWA」の元会長であった角川歴彦氏が提訴した国家賠償請求訴訟が昨日から始まったらしい。
否認することで身体拘束が長期化する「人質司法」により苦痛を受けたとして、国に2億2千万円の損害賠償を求めている。
もちろんお金が目当ての訴訟ではない。「人質司法」が如何に人権を無視したものであり、それが捜査において常態化していることを訴えているのである。
角川氏の記者会見などで話された勾留の内容というのはひどいものであった。勾留施設そのものもひどいが、「あんたはここから生きては出られない」という看守などの言葉などはまるっきり囚人扱いである。
角川氏が高齢であること、心臓に持病があることなどは一切考慮されなかったらしい。
保釈は、200日を超える拘束の上、5回の請求によって認められた。裁判所も何を考えているのだろうか。
あの鬼平でも大岡越前でも、被疑者にむち打ちや水責めなどの拷問をやらせていた。無実の者でも拷問から逃れるために罪を認めてしまう。
同じようなことが形を変えて、基本的人権を掲げている憲法のもとで平然と行われている。
被告の国から答弁書が提出されたのは今週のことだという。訴えたのは昨年の6月である。
「国の代理人を務める3人の検察官のうち、女性2人は原告側の意見陳述等の資料をめくりながら会話し、うち1人は再三に渡り、苦笑とも失笑とも取れる笑いを浮かべ、法廷内の時計を何度も確認した。当該女性検察官は、角川氏が『このまま見捨てられてしまうのではないか、このまま死んでしまうのではないか』と訴えた際も笑っていた」
という記述がネットにあったが、当日の雰囲気が伝わってくるようである。
国は対応する気がないらしい。裁判所も検察も、「悪いことをしたのに白状しないのだから捕まえておくのは当たり前だ」という考えしかないようだ。江戸時代から進歩がない。負けても払うのは税金からである。
司法関係者に公務員としてないのは役得だという。つまり接待もリベートもないことになっているのが司法である。
このことが結構不満なことであるらしく、検察は何度か隠し金問題を起こしているが、その度に「我々はゴルフに行くにも自腹である」ということをもって釈明している。
司法関係者は世間と接触しないようになっている。健全であるべき司法にはいいことかもしれないが、世間の常識から疎くなることでもある。
角川訴訟の弁護団の活躍を期待したい。
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