三井住友フィナンシャルグループの太田純社長が、がんで死去されたという報道があった。65歳だったという。
もちろん私が存じ上げている人ではない。フィナンシャルグループということがどういうことなのかも私は知らないから、三井住友銀行の社長が亡くなられたのかと思っていた。
もう10年近く前のことだが、近所の三井住友銀行が店舗を改装して、客が店内に入っても行員の姿が全く見えないようにパーテーションで仕切ってしまった。客は内線電話で担当者を呼び出すことになる。実に面倒である。
知り合いの行員に、「客は来なくてもいいという感じですね」と言うと、「その通りなんです。金にもならない客が多すぎるのです」とその行員は答えた。
亡くなられた太田社長という人は銀行の改革を行った人らしい。
「かつては銀行と呼ばれていた」。これは三井住友フィナンシャルグループが新卒採用のホームページに掲げたコピーだそうである。
単なる宣伝文句ではないかとの記者の質問に対して太田氏は語気を強めて反論し、「銀行業は大事だが、銀行である必要はない」とも述べたという。ズバ抜けて先を読む力のあった人だと記事は結んでいる。
近所の支店の改装はこういういきさつだったのかと、太田社長の記事を読んで納得した。
経営者は会社の行き先を考えるものである。政治家は国の行き先を考えるものだと思うが、どうも政治家は自分の行き先のことしか考えていないように見える。あの税金を滞納した国会議員は議員を辞職したのだろうか。
しかし政治の話になると何の救いもない話ばかりになってしまう。
久しぶりに友人と電話で話をした。友人は79歳になる。4年ほど前脳梗塞を患い、前立腺がんも発症した。でも元気である。
こんどは心臓の難病にかかり、毎日3万円の薬代がかかっていたが、難病に指定されたので薬代はひと月1万円で済むと言っていた。
それにしてもすごい金額だ。難病に指定されなければ薬代が1年で1000万を超える。
お互い歳をとった、病気になるのは仕方ない、と二人同じことを言いながら電話を切った。
3ヵ月近く姿を見ることのなかった向かいの家のご主人は脳梗塞だった。2回目ということらしい。運のいい人ということになる。杖もつかずに歩いている。
近所のイチョウ並木が黄葉してきた。今年はずいぶん遅いのではないかと思うがそうでもないのかもしれない。去年のことを覚えているわけではない。
晩秋から冬へと季節は変わるが、季節は灯油代で実感するだけである。
この1年、近所の人の死を何人も聞いてきた。生きていることが静かに流れているような朝の陽である。(了)
銀行の改装と朝の陽に寄す

コメント