早いもので家内が手術をしてから1週間が経つ。済んでしまえば早いと家内を勇気づけながら手術の日を待ったが、過ぎてしまえば早いものである。稚拙な繰り返しになるが今の気持ちはそうとしか言いようがない。
肺の手術をしたとは思えないほど家内は退院の日から元気である。手術前と変わらない。手術をしたことなど忘れるほど、どんどん月日が過ぎていって欲しい。
昔は胸を切り開き、ろっ骨を何本か切っての手術であったらしい。医師たちは患者の負担を軽くするよう努力をしている。医療技術の進歩に感謝しなければならない。
きのうは体力づくりにスポーツジムへ、ではなくうなぎ屋へ。先月知ったふじみ野市のうなぎ屋に行く。その日駐車場が満員で入れなかった富士見市の公園にも寄ることにした。
家内は完食。どこのうなぎ屋に行ってもご飯は残すが、ここの店のご飯は残さない。薄味のタレが家内の好みに合うのだろう。
しかし外科手術をして一人前のうな重を食べられるのだから、胸腔鏡手術というのは体にダメージを与えない理想的な手術方法と言える。
家内が手術前CTやMRIの検査をうけたとき、家族に付き添われた認知症のような高齢の女性を見かけたが、検査時間の長さから不動の姿勢に耐えられるのだろうかと他人事ながら心配になった。
家内が入院していた時、深夜どこかの病室でナースコールが繰り返し止まなかったという話を聞いた。高齢者が訳も分からずナースボタンを押すらしい。これから高齢者と医療という問題も益々深刻なことになるなと考えさせられた。
家内の傷を少しでも良くするため温泉に行こうと思う。
傷を癒す温泉と言えば下部。信玄の隠れ湯と言われるが、下部温泉は松本清張「波の塔」の舞台でもある。
若き検事小野木喬夫と人妻結城頼子の逢瀬の場所。
この小説は映画にもテレビにもなったが、テレビでは1961年から2012年まで7回も制作されている。
映画は観ていないが、検事小野木喬夫は津川雅彦、人妻結城頼子は有馬稲子となっている。
テレビでの1作目は井上孝雄と池内淳子によるものであったが、2006年の6作目は小泉孝太郎と麻生祐未であったらしい。これは多分悲劇ではなく喜劇仕立てにしたものと思われる。
しかしなんと言ってもこの二人の役は早川保と村松英子のシリーズに限る。なぜなら私が見たからである。
魅力的な女優さんはたくさんいるが、知性を感じさせる女優さんはそれまでいなかった。村松英子さんはそういう女優として初めての人ではなかったかと思う。
「どこにも行けない道ってあるのね」というセリフはこの小説のテーマ。
小説を読んだとき、このセリフを言う女性のイメージを思い描いた記憶がある。
絶望するヒロインには美しさがある。村松英子さんはこのセリフが似合った。
商売で行き詰った時このセリフを何度も思い出した。このセリフを冗談ぽく口にしながら、絶望することなく乗り切った。
このセリフは村松英子さんの口調で思い出すだけがいい。



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