「まあ、捏造ですね」
「逮捕、勾留の必要もなかった」「輸出した噴霧乾燥機にはなんの問題もなく、捜査員の個人的な欲で立件することになったと思う」
国家賠償請求訴訟で、こんな証言が捜査担当警部補の口から飛び出した大川原化工機冤罪事件であった。
事件の背景には、公安警察の存在意義のアピールと、警察幹部の出世欲がからんでいたとみていいのではないか。
しかし被告である国がこの警部補の証言を認めるはずはない。国の責任を否定するための、国側の醜いほどの反論に対し、不当逮捕によって勾留され、勾留中にがんで亡くなった元相談役の遺族が感動的な言葉を残している。
きのう7日、警視庁の迫田裕治警視総監は、「大川原化工機冤罪事件」の検証結果を公表し、記者会見をした。
検証は、「捜査指揮系統の機能不全」を指摘。機能不全であるからこのような冤罪事件を生んだ。普段立派なことを言っている警察が、いまさらそんなことを検証の中で言われても理解しようがない。
会見では、大川原化工機の関係者に謝罪し、10秒以上にわたって、深々と頭を下げた。
しかし謝罪は警視庁本部11階の一室で行われ、直接大川原社長をはじめとする関係者になされたものではない。直接本人に謝ることはするのかしないのか。
迫田警視総監は、「真摯に反省している」と述べているが、真摯に反省しているとは思えない。人生最大の屈辱ではなかったか。人に頭を下げさせて人生を歩んできた人である。
最高検の山元裕史・次長検事も同じの日の夕方記者会見を開き、「多大なご負担やご心痛をおかけした」と同じように謝罪した。検事総長ではなかった。
がんだった元顧問の保釈請求に反対したことについて、「検事が病状を拘置所に確認しなかった」と述べ、「心より深くおわび申し上げる」とした。詫びて済むことではない。未必の故意、不作為による殺人と言ってもいいのではないか。
最高裁は保釈請求を何度も認めなかったことについてなんのコメントも発表していない。社長ら3人の計17回にも及ぶ保釈請求を却下していながらである。
検察や警察は悪いことをした人を捕まえるところであるが、悪いことをしていない人も捕まえるところである。人を捕まえることの快感がたまらないらしい。
今朝の毎日新聞は、「結局うやむや」と報じた。お手盛りの検証だった。自分で検証するなら検察や警察はいらない。
大川原社長は「個人の責任に突っ込んでいない形の検証だ。制度だけでなく警察官、検察官個人が心の持ちようを変えるような形にしなければならない」と話した。
「君の心が冤罪を生む」。すべては人間次第である。
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