母の思い出

つぶやき

 母のいい面だけを「母の思い出」としてあげたいところだが、人間として最低な人であった。

 このブログは母を理解した姉と、母を理解できなかった兄に読んでもらいたいが、姉はすでに亡く、兄は音信不通。

 母は子供を育てること、ご飯を食べさせることには一生懸命であったが、それはどこの親も同じ。それが特別偉いことではない。

 母の性分は23年のブログに書いたことだが、出産を終えて家で休んでいる家内に対して、「子供は障害者ではないか」とか「指が1本足りないのではないか」と言う人であった。

 私の帰りが遅いと、「あの子に女ができたのではないか」と家内の枕元で言う。
 「そんなことを言うものではない」とたしなめると、
 「心配だから言っているので、悪気があるはずがない」と言う。
 「心配だとしても、そんなことは口に出すものではない」と注意すると、
 「結構障害者が生まれているし、男は女房が出産すると外で遊ぶものだ」と言う。

 言い出せば切りがない母の暴言である。愚かと言えるし、社会性が全く身についていないし、要はバカな親である。

 兄が結婚して間もなく嫁さんががんを発症した。
 その時の母の言葉は、「あんたは病気を隠してあの子と結婚したのではないか。公務員の退職金(恩給)が目当てだったのではないか」

 兄は母の性分を全く理解していなかった。同居してもうまくやる、ということであったが、半年もたなかった。他人が家に入ることによって、母の異状さを初めて気づいたようである。

 姉は母のことについては全く気が付かなかった。自分の亭主が母に「ろくに学校も出ていないから何も分かっていない」などとバカにされても、一緒になって亭主をバカにしていた。姉もバカだった。

 「私がどれだけお母さんにイヤな思いをさせられてきたか判っていない」と妻から責められる事がある。

 子供を生んだ嫁さんの枕元で、「指が4本しかないじゃないか」というのは心配でもなんでもない。バカなだけである。こういう母親がいたのである。

 こういう母を、善人の顔をした毒親と言うのだろうか。

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