時代劇は言えないことが言える

つぶやき

 「人とは、妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事をはたらく」
 こんなセリフが、きのう途中から見た鬼平犯科帳「大川の隠居」という作品にあった。平淑恵さんが悪い女を演じていたが、なんとも言えない色っぽさがある。

 鬼平シリーズでは、大分前に見た「むかしの男」という作品が記憶に残る。

 あらすじなど書きたくないが、結語のためにごく簡単に書いておくことにした。

 平蔵の妻久栄は、世間知らずの娘時代、隣家に住んでいた近藤唯四郎という男に口説き落とされ、散々弄ばれて捨てられたという過去を持つ。

 近藤はかつては平蔵と同じ旗本だったが、人を殺めるなどして身を持ち崩し、今では盗賊の用心棒になり果てていた。

 近藤は久栄の過去をネタに、捕らえられていた仲間の盗賊を釈放させようと画策し久栄を脅すが、久栄は屈せず毅然と振る舞い、軽蔑の視線さえ近藤にむける。

 「おんなははじめての男を忘れぬものだ……」と、久栄が近藤の策に従うものと思っていたが、 久栄は微塵も男への未練など見せない。

 近藤は目的を果たすため久栄の姪と女中を拉致するが、平蔵の家来たちの手によって捕らえられる。

 平蔵が近藤と対峙する。
 近藤は平蔵に、久栄をおんなにしたのはこの俺だ、と勝ち誇ったように言い放す。

 男にとって、特に武家の男にとっては、自分の女房に自分より先に男がいたなどというのは屈辱的なはず。自分が平蔵に勝てるのはこの点だ、と近藤は思っていた。

 これからの平蔵のセリフがなかなかいい。そのためのあらすじである。

 それがどうした。だからどうだというのだ。そんなことは百も承知だ。承知の上で久栄を娶ったんだよ。

 久栄はおもちゃにされ、傷ものにされて捨てられた。だがな、久栄はおれの女房となって生まれ変わったのだ。

 おめえの覚えている久栄は抜け殻同然の女だ。あの時久栄の親父殿がもう嫁にはやらんとあんまりこぼすんでな、よしそんならおれがもらおうと言ったんだ。

 よくよく考えてみると、とうの昔から久栄に惚れていたんだな。ははははは。
 惚れなきゃあ駄目だ。女にゃあ心底惚れなきゃ、女のほんとうの値打ちはわからねえ。

 おれもお前さん同様さんざん道楽はしたが、命がけで惚れたは久栄たった一人だ。

 久栄をほんとうの女にしたのはこのおれだ。

 それがわかっているのは世の中、おれと久栄のたった二人きりだ。

 私と同じようなことを感じた人がいて、このセリフを書きとったらしい。その人のブログから引用させてもらった。

 このセリフは初め中村錦之助の鬼平シリーズで耳にした。奥方久栄は三ツ矢歌子。敵役近藤唯四郎は綿引洪であった。

 吉右衛門のシリーズでも「むかしの男」は制作されている。久栄は多岐川裕美、近藤唯四郎は鹿内孝。

 吉右衛門のセリフ回しもよかったが、錦之助がいい。それに久栄は三ツ矢歌子が適役である。大人の女性の成熟さがなければ平蔵のセリフが生きてこない。

 ところがどっこいこの平蔵のセリフは池波正太郎の原作にはないという。テレビ化するときに脚本家たちが作ったものだという。

 男にとって妻の過去は笑って済ませることではない。このセリフは誰が書いたものなのか、あるいは合作なのか。
 ひとつの男の在り方を示したことは確かであるが、出来過ぎでもある。

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