麗しのアマリリ

つぶやき

 スペルからすればアマリッリである。しかし歌うとアマリリになる。
 イタリア古典歌曲集第1巻第1曲目に掲載されている恋の歌である。
 声楽を知らない者が初めてその素晴らしさに感動する歌である。

 定時制高校の合唱部の2年生の時、1年生の女性が入部してきた。私より下級生ということになるが、年齢は6つ年上であった。

 女子高校生の雰囲気ではない。大人の女性である。しかもとてつもない美声で美人。ソプラノパートで彼女の声が飛びぬけて目立ってしまうほどである。

 声楽を習ったことがあるらしい。中学を出てから今まで何をしていたのだろうかと思ったら、彼女はK病院の看護婦だという。

 中卒で看護婦になれるのだろうかと不思議であったが、それ以上は聞きようもなかった。しかし確かに看護婦か看護婦見習か分からないがそういう人であった。

 定時制高校にも学園祭がある。合唱部の発表会でソロで歌いたいという。

 そんなことは合唱部として初めてである。と言うよりそれまでソロを歌えるような生徒はいなかった。しかし彼女はどうしても歌いたいという。そしてアマリリを歌った。

 それこそ天上の音楽。素晴らしいソプラノである。2つの教室をぶち抜いた特設の講堂に、アンティークなメロディが流れ た。
 
 声楽と言うものはレコードやCDではその良さが分からない。メロディの美しさではなく、声そのものの美しさが歌であるからである。

 私の憧れの人になった。練習の後一緒に帰るようになった。
 ある日私の年齢を聞く。16歳と私が答えると驚きの声を上げ、その後笑っていたようにも見えた。

 私はそのころから30歳くらいの老けた顔をしていたらしい。私の初恋は終わってしまった。アマリリのメロディだけが頭に残った。

 30の半ばをすぎて、ある銀行員に誘われて社会人の合唱団に入ることになった。発表会があり、何人かソロで歌うプログラムが設けられた。

 芸大出の指揮者が私に、アマリリを歌ったらどうかと勧める。アマリリは女性の歌ではないかと思ったが、訳詞を見ると男性の歌であった。

 テノールの譜面でアマリリを歌った。ホセ・カレラスで歌いたかったが、あの品の良さは真似できるはずもない。ヨセ・カレーライスであった。

 終演後、会場ホールを経営している年配の女性と先生が話をしていた。
 「あのアマリリは素晴らしかった」という女性の声が聞こえたが、私を見かけて会話は途切れた。アマリリを歌ったのは私しかいない。それなりに良かったのだ。

 原曲名は「Amarilli」であるが、日本では昔からどういうわけか「麗しのアマリリ」とか「アマリリ麗し」とか言う。しかし日本語訳詞の中に麗しという言葉は見つからない。

 オードリー・ヘプバーンが主演した映画「サブリナ」も日本での題名は「麗しのサブリナ」である。麗しという言葉が流行ったのかもしれない。

 男装の麗人という言葉もある。麗人とは美人と言うことらしいが、麗しいという言葉には魅力的で美しいとか、気品があってきれいだ、といった意味がある。そうであるなら美人には麗人と言った方がいいのだろうが、今はどうも流行らないらしい。

 今は何と言ったら美人は納得するのだろうか。調べてみたらさすがに何十もの言い方がある。清楚から妖艶までいろんな美人がいるということになる。弁天という美人もいるらしい。

 いろいろな形容があっても結局シンプルな美人、美女と言うのが落ち着くところのようである。傾城などと言ったら会社をつぶしてしまうことになる。

 76歳から見れば22歳の女性は若い娘さんであるが、16歳の高校生から見れば魅力的な大人の女性である。あのアマリリは舞台に咲く麗しの名花であった。(了)

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