雨の晩を早稲田ですごす

つぶやき

 一昨日は孫の入学式で早稲田へ。あいにくの雨と風。それに気温が低い。
 駐車場の予約はしておりませんというホテルの話なので電車で行くことにしたが、行ったら空きだらけだった。

 いつも空きがあるわけではないからホテルも「確実なことは言えません」と答えるのだろうが、当日の宴会や宿泊者数から予想できるはずである。不親切なホテルであるが宿泊代は高い。

 何年かぶりに東池袋から都電荒川線に乗り、終点早稲田へ。神田川の桜は満開のようであるが、雨空では華やかさはない。
 傘をさして杖をつくというのは結構危なくてしんどい。寒さで体がこわばってしまった。

 早稲田の町は私が15歳で印刷職工として働き始めた町であり、母と姉兄と暮らした町でもある。
 
 早稲田といっても私が住んでいた頃は戸塚町といった。早稲田大学も戸塚町にあった。早稲田町という広い地域があったわけではない。
 
 住居表示の実施により戸塚町は西早稲田という町名になったが、住居表示が最後まで行われることがなかったらしく、大学本部や大隈庭園、大隈講堂のある一角は戸塚町一丁目として残ったらしい。

 早稲田大学の本部は戸塚町一丁目104番地であり、道路を隔てた早稲田キャンパスは西早稲田一丁目となっている。

 以前安部球場という早稲田大学の野球場があったが、その前は戸塚球場と呼んでいた。現在は大学の立派な図書館が建っている。
 警察の名称も戸塚警察署。小学校は戸塚第一小学校から第三小学校まであった。戸塚の町名が懐かしい。

 入学式には参列できないのでユーチューブで中継を見る。北大路欣也 さんが総長から表彰を受けているような場面が映る。彼は二文の演劇科出身であった。若い頃のキャラクターからするといい役者になった。

 夕方ホテルで娘夫婦と孫の入学を祝い、祝杯をあげた。娘のよろこびが伝わってくるようであった。

 明日晴れたら懐かしの町を歩き、今は無くなってしまった印刷所の周辺を訪ねようと思っていたが、朝から雨。
 母が姉の結婚後、寂しさから泣いて歩いたというグランド坂に行くこともやめにしてしまった。

 この町には10代から24歳まで住んでいた。孫は18歳から22歳までこの町に通うことになる。
 つくづく歳をとったなと思う早稲田での1泊であった。

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