春闘は大手企業の満額回答が続き、昔の高度成長期を思わせるような賑やかさである。
大企業は内部留保ばかりしていないで、働く者に還元することは当然のことであるが、なにか特別いいことをしているかのような報道ぶりである。
しかし中小企業や非正規の社員、パート従業員には関係のない話らしい。社会はみんなよくなってこそ、と思うが、そういうことにはならないようだ。
コストコという会社が、バーゲンで値引いた額を出入り業者や下請け業者に負担させていたらしく、なんとか委員会から是正勧告を受けた。
よく聞く話である。大企業は格好のいいことばかり言っているが、裏ではずいぶん下請けを泣かしているのだろう。
若い人の生活費はギリギリという話をよく聞く。企業はギリギリの線を調査していて、そこまでの給料しか払わないからである。
しかし小さな商店などは、パート従業員の最低賃金が10円でも上がれば死活問題になるらしい。弱小企業においては、働く者も雇う者も、みんなギリギリなのだ。
2万か3万か給料が上がれば生活のやりくりは変わるであろう。しかし考えてみれば多くても2万か3万のことである。
1万円台のアップでも満額として大騒ぎしているところもある。家族4人がちょっとおいしいものを食べれば消えてなくなるような金額である。
こんな金額で生活が楽になるというのも実にさみしい話であるが、ギリギリの生活を強いられているから、こんな金額でも敏感になるということなのか。
年収500万の人と1000万の人で、どちらの貯金額が多いかという話がある。
500万の人の方が多いという話だが、そういうこともあり得るということである。
1000万円の人は多少余裕があるからお金をつかってしまう。せっかくお金があるのだからいい生活を経験したいと思うのは人情である。
子供の教育費も公立に入れればいいものを、中学あたりから私立に入れる。そんなことから1000万の人はお金がたまらない、という話である。
人生逃げ切れるか、という言い方がよく使われたことがあった。
2つの諺がある。「稼ぐに追い抜く貧乏神」と「稼ぐに追いつく貧乏なし」
追い抜かれるような稼ぎでは話にならないが、追いつかれない稼ぎを稼ぐことが難しい。大半の人が追いつかれているということである。取りつかれている人も多い。
人生、貧乏神とどれだけの距離を空けてゴールできるかということになる。
人生100年になって、ゴールが長くなったことにより息切れが心配になってきた。
貧乏神には物価高だの年金減額だのといろいろ味方がついているから、逃げ切りは難しいのではないか、という不安が人々にある。
団塊の世代の8割近くの人が逃げ切れると思っているらしい。
団塊の世代は数が多いからいろいろと大変な人生であったと言われるが、そんなことはない。数が多い方が何かとうまくいくものである。
戦争も知らず、高度成長とバブルも経験し、やりたい放題の人生ではなかったか。逃げ切るのであればすこしは社会に還元しなければならない世代である。
金は無ければ欲しいし、あれば浪費するものである。人生2度結婚説というのがあったが、人生2度高収入を経験できればうまくいく。
1度目は有頂天になって浪費し、2度目は浪費することの無駄を知って貯金する。
人生これが1番であるが、実現することがないのも1番である。(了)
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