診察室のドアーは生死の境い目

つぶやき

 妻が昨年の市の検診で、「何の心配もない、高齢者にはよくあること」と診断を受けていた2つの疾患に、同じ医院の他の医師から、そんな単純なことではない、「大きな病院に行った方がいい」と、紹介状をもらったのはこの9日のことだった。

 それから怒涛の1週間が始まった。
 「肺がんの可能性が高い。しかし心臓機能に疾患がある。手術はできないかもしれない」

 紹介された「大きな病院」の診断である。こんな重大な問題。なぜ最初の医師は気がつかなかったのか。

 私は自分のがんの経過観察で名前を呼ばれた時、いつも最悪を心に期して診察室に入る。そうしないと気持ちのバランスが取れないからだ。

 今日は、昨日行った心臓造影CTの結果告知の日であった。番号が掲示されるまでの間、自分のこと以上に緊張感を持った。
 妻が心臓欠陥のため手術ができないとなっては、どこにも救いがないからだ。

 結果は当初の検査結果より最悪な状態ではなかったらしい。心臓は思った以上にストレスなどによりダメージを受ける。手術は絶対的に不可能ということではないようだ。投薬によって様子を見るという。

 循環器内科から呼吸器外科の診察まで1時間以上ある。
 診察室から涙を拭きながら出てくる若い女性と、うつむき加減な男性のカップルを見た。
 小躍りしながら診察室から出てきた年配の女性とその連れの人達も見た。

 診察室に入ることは運命の分かれ目である。あのドアー一枚が天国となるか地獄となるか。

 高齢者の肺がんが多いらしい。長寿ということもあるし、検査技術の進歩ということもある。見つけなくてもいい陰影を見つけてしまうようである。

 妻の担当医師は40代前半の年齢と思われる。
 私は思わず手術の執刀医のことを聞いた。
 「私がやることになるでしょう」と医師は言う。

 「大変失礼なことを申し上げるが、先生はどのような経験を積まれた人なのか」と私は口にしてしまった。

 実は先生のことは判る範囲で調べていた。東大医学部卒。大学院で2年間研究後、東京総合病院、虎の門病院に勤務している。

 彼は淡々と、よろしければロボット手術をする病院を紹介しましょう。セカンドオピニオンについても紹介状を用意します、と言う。私が陽子線治療を考えていますと言うと、まだ確実な効果は実証されていない、と否定的であった。

 私はその説明から思わず、「先生、78歳になる私の妻は、先生にお願いして手術をすれば肺がんから助かるのでしょうか」と聞いた。

 先生がどういう答えを言ったのか覚えていないのである。
 ただ、人の生死に関わる医者という職業を選んだ人間の、謙虚さ、真剣さ、節度というものをこの医師から感じた。

 私はこの医師に妻の病気をまかせる決心をした。

 妻が診察室を出てからわずかな時間に、「大変失礼なことを口にし申し訳ありません。家内のことよろしくお願いいたします」と19.2秒までは行かないが、頭を下げた。

 医者は、頭を下げる動作からバランスを失って倒れそうになった私に手を添えてくれた。

 我が家も老々介護になりつつある。人生なるようになっていく。

コメント

タイトルとURLをコピーしました