聳ゆる甍と鯉のぼり

つぶやき

 今日は子供の日。端午の節句。いつもの朝風呂は菖蒲湯。香りがいいというが、どうもこの歳になって目も耳もダメ、鼻もダメ、歯もダメとダメ尽くし。

 娘家族と近所の中華でランチ。
 孫がNHKのアナウンサーのような前髪をおでこにたらすヘアースタイルからショートヘアーに。なかなかいい。男はショートカットで勝負である。

 大学のクラブは日本拳法に決めたらしい。きのう基本という摺り足を見たが様になっている。幼いころから運動能力の高い子であったから活躍することは間違いない。

 娘夫婦も一段落。息子の高校卒業、大学入学と、あわただしい時間を過ごした数ヶ月であったはずだ。娘も血色もよく、いい母親、いい妻を元気に過ごしているようだ。

 思えば5年程前、婿さんは海外赴任を希望し、家族ともイギリスでの生活を求めた。

 私は反対。そんな海外などで孫の大事な時期を過ごすなどとはとんでもないこと。それになにより安全を心配した。
 しかし表立って反対するわけにもいかず、ただ見送るだけ。

 人生の素晴らしさは自ら切り開くものに与えられる。
 切り開いた人との人生は素晴らしいものであったようで、孫の素質を見抜いた人によって孫は思いもかけぬ高校に進学することになる。

 何人もの優秀な友達に恵まれ、充実した高校生活を過ごし、この春大学に進学した。婿さんの決断がなければ今の幸運はなかった。すべてがうまくいったことになるが、行動してのこその人生である。
 
 授業は英語で行われるという学部を孫は選んだ。帰国子女たちが多いらしいが、中には英会話に接することなく進学した学生もいるはず。それを孫に尋ねると、基礎学力が半端ではないからマスターするのが早いという。なるほどである。

 孫もあの幼子ではない。的確な言葉をもって応えてくるようになった。
 孫が20歳になれば私は80とは、孫が生まれた時に思ったものである。
 孫が卒業するときは平均寿命を超えることになる。

 鯉のぼりは「甍の波」に泳ぐ。あの大学は「聳ゆる甍は 我らが母校」
 鯉のぼりのように大きく舞い上がってほしい。

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