空白の1日

つぶやき

 テレビで野球解説をしている江川卓さんが、今年68歳になるという話を聞いてびっくりである。まだ40代くらいかと思っていた。

 考えてみるといわゆる江川問題というのは私が30歳の頃であった。
 私と8歳違い。あれからずいぶん月日が経ったものだと思う。江川さんがもう68歳とすると、江川事件を知っている人はそんなにいないのではないだろうか。

 江川さんをテレビで見るたびに、どうして巨人の監督にならないのかと思う。
 江川さんは巨人の押しも押されもせぬ大エースだった。彼の現役時代の実績や野球解説の緻密さなどからすれば、監督になって当然と思うが、巨人は原監督を何度登用しても、江川さんを監督に、と言う話は聞いたことがない。

 ここで余談だが、巨人はどうして巨人軍と言うのだろう。
 今のプロ野球の球団で軍を名乗るところは一つもない。阪神タイガースを虎軍と言うことは聞いたことがない。

 読売新聞がスポンサーであるオーケストラの名称もおかしい。読売日本交響楽団と言う。日本は読売の後なのである。

 ナベツネさんという読売新聞の責任者とも言うべき人が、NHKの番組で特集されてインタビューに応じていた。
 記者としての現役時代、政治家の懐深く入り込んで数々の政治ニュースを報道した功労者として取り上げている。
しかし果たしてそうだろうか。政治家に取り入り情報をもらう。ジャーナリストとしてあるまじき行為ではなかったか。

閑話休題
 江川さんにもう一つ分からないことがある。
 高校時代から日本中に名前を知られたピッチャーであるが、高校卒業後、巨人入団の意志だったのか、慶応大学進学が意志だったのか。
 彼の本意は知りようもないが、巨人がドラフト会議で江川さんを指名できないとなった時、彼は慶応大学進学を宣言して巨人以外の球団のオファーをすべて断った。

 慶応大学の4つくらいの学部を受験したらしいがすべて不合格であった。
 当時も今も慶応には2部、つまり夜間部は設置していない。スポーツ推薦ということはあったと思うのだが、慶応大学に入学することはできなかった。
 結局彼は法政大学の二部に入学することになる。

 ここで言う分からないことと言うのは、江川さんはどうして合格できなかったのか、ということではなく、慶応大学はどうして江川さんを合格させなかったのか、ということである。
 乱暴な言い方であるが、あれほどのピッチャーである。どうにでもできたと思うのである。

 江川さんにはこのような2つの疑問がある。慶応大学不合格にはいろいろ憶測ができるが、合格点に達していなかったとすれば仕方がない。
 しかし、監督にならない、ということには、50年近く前の江川事件、空白の1日が大きく影響しているように思う。

 空白の1日とは、ドラフト会議による指名の拘束力は、翌年のドラフト会議の1日前までとするという規定を、ドラフト会議による指名の拘束力は、翌年のドラフト会議の1日前の日に失効し、指名された選手は拘束を解かれ、自由にどこの球団とも契約できる、と解釈したその日のことである。

 この日は、拘束力があるとかないとか、ということではなく、ドラフト会議の拘束力は次回の会議の前々日までと単に期間を定めただけもので、その最後の日に自由に契約できる、ということを定めたものではない。

 江川は大学卒業後のドラフト会議で、またもや巨人のくじ運が悪く、巨人から指名を受けることができなかった。指名したのはクラウンライターライオンズ(後の西武ライオンズ)であった。

 江川は入団を拒否して、今度はアメリカに野球留学することになる。
 そして1年後の3回目のドラフト会議。結果として、今度も巨人は指名権が取れず、阪神が取得する。江川事件はこのドラフト会議の1日前に起きる。

 「江川事件、空白の1日とは、この3回目のドラフト会議の前日に、前記した解釈を根拠に、その日に江川がどこの球団と契約しようと自由であるとして、巨人は江川と選手契約をしたことを言う。
このことによって空白の1日は一般名詞から固有名詞になったのである。

 これには自民党の国会議員、読売新聞社が関与していた。
 正義を標榜する新聞社としてはあるまじき行為である。その経緯をここに書く暇はあるが書く気はない。要は実にバカげたことを巨人はやってしまったのである。
 当然、猛然と野球界、言論界、子供会まで、大きな反発が起きた。

 ではこの事態はどのように収拾されたのであろうか。
 きちんと収拾するならば、江川は3回目のドラフトで指名権を持った阪神と交渉するか、あるいはまた拒否するしかない。

 ところが今度は野球界そのものもインチキを行ったのである。
 空白の1日に行った巨人と江川の契約は無効とし、江川はドラフトで指名された阪神に形だけ入団することにする。
 そしてその後、巨人の選手とトレードということにして結果として巨人に入団する。

 シーズン開幕前のトレードは禁止という規定があったことから、シーズン開幕後このトレードがされ、晴れて江川は巨人の選手となる。
 そして江川と交換に、巨人の小林繁というピッチャーが悔しい思いの中、阪神に入団する。これが収拾策であった。収拾と言えるだろうか。まさに茶番である。

 こんなことをしたのが「江川事件 空白の1日」と呼ばれるものである。江川事件は、空白の1日に行われた入団契約のことを言うが、その後のトレードと言う、いかさまも含めて言うのが正しい、と私は思っている。

 それ以来江川にはどうしてもダーティーなイメージがつきまとった。
 巨人球団には、「巨人軍は紳士たれ」、という正力さんの遺言があるから、自分のせいではないように一切そのことについては触れない。

 江川はなぜ監督になれないのか。紳士たる巨人の監督にふさわしくない。私だけの考えではない。誰もそう思っている。巨人は紳士ではない、瀕死である。

 空白の1日をテーマにしたのは、巨人を批判するためでも江川を批判するためでもあるが、この事件で我々が学ぶべきことは、誰がこの空白の1日を考えつき実行したか、ということである。

 江川がプロ野球選手になる過程に政治家が関与している。それが問題だということではないが、なんとか江川を巨人に入団させるために、法解釈に長けたスタッフが招集されたのではないだろうか。

 法解釈ということであれば弁護士ということになる。空白の1日を思いついたのは弁護士であろうと私は考えている。
野球協約だのドラフト会議の要綱だの、それらを読み込んで空白の1日があることに気が付いた。

 しかしその1日はあの1日のように利用されるためのものではない。制度の趣旨を読み取らず、曲解したものである。法律家がやってはならないことである。
 でも多分、あたかも大手柄を立てたようにそれを利用したのではないだろうか。政治家も巨人も読売新聞も、さすが弁護士として称賛して、その策に乗ったのであろう。

 制度趣旨に沿って法解釈を行うのが弁護士であり、税理士である。制度が触れていないことを拡大解釈して悪用するのはまっとうなことではない。

 税理士がよく節税と称して税務事務を請け負うことがある。税法に節税などという項目はない。税法の盲点を取り上げて、税金が安くなると宣伝する。

 国税庁も盲点を突かれたことだから形式的には反論に窮するが、すぐに節税が違法であることを徹底する。

 節税が追徴税になった話は数知れない。追徴税はペナルティが付く。気をつけなければいけない。

 法律には総論と各論がある。しかしそれは法律に限ったことではなく社会においても言えることである。
 社会にはモラルと言う総論がある。各論は、深く総論の精神を身に着けることが前提である。各論は小賢しく運用するものではない。
 
 江川事件、空白の1日は、過失行為ではない。社会の中枢とも言うべき組織、個人が意図して不正を行ったことである。あのような考え方が社会で通用すると考え、それを実行したということである。大人のすることではない。

 その中核にいたのは読売新聞社であろう。社会の詭弁を、精緻な言論をもって正すのが新聞社ではないか。自ら詭弁を弄した。

 読売巨人軍は新聞がよく言う、「ことの重大さをいつまでも風化させないために」、江川卓を終身監督にするべきである。(了)

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