欽ちゃんの奥さん

つぶやき

 10月が終わる。月日(つきひ)は人の事情に関わりなく過ぎていくから、いちいち月の終わりを想うこともないが、なんとなく節目というものが欲しいということだろうか。
 12月になれば「さあ師走だ」となるが、この歳になると何が「さあ」なのか分からない。

 きのう訃報が届いた。妻の幼馴染の人の夫である。80歳だった。
若い頃二度ほどお目にかかったことがあるが、いい人だったという印象がある。
 二度しか会ったことがない人なのにその訃報がとても気になった。
 みんな死んで行ってしまう。二人であったものが一人になることは、とてもつらいことだと思う。

 萩本欽一さんが創建を進めているという「欽ちゃん寺」の弁天堂、弁財天像のお披露目の動画が配信されていた。
 「欽ちゃん寺」の話は初めて聞くが、萩本さんが「人が集まれる寺を造りたい」と、伊勢原市にある高岳院という寺の内で整備を進めている寺院のことらしい。

 亡き妻の澄子さんの面影をにじませる弁財天像が公開されたが、この弁財天像は心の底から楽し気に笑っているのである。
 「黙っていても情を感じさせるところが格好よかった」という妻を偲んで萩本さんが「情黙弁財天」と名付けたらしい。高さ15センチほどの像ということである。

 “情黙”という言葉には亡き妻へのある思いが込められているそうで、欽ちゃんの挨拶がとてもよかった。
 「スミちゃん(澄子さん)ってね、一度も私に文句言ったことないの。一度も怒ったことないの。なんでもね“うん、うん”ってずーっと。
 スミちゃんに合う漢字ないかなって思って探したらないの。『情黙』という言葉を自分で作ったの。
 彼女は恥ずかしがり屋。手を合わせるより、手を振ってあげてほしい」と語った
 この人はいい人だと思う。妻を思いやる気持ちがさりげなく、心に深く伝わってくる。

 このところ仕事をしていた頃の嫌な夢を見る。以前スーパーマンのように空を飛ぶ夢をよく見ていた。母の夢を見ることがない。親孝行をしなかったから夢に出てきてもいいと思うが、死んでまで私の気持ちを気遣っているのだろうか。(了)

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