桜 咲 く

つぶやき

 昨日は東京でサクラの開花宣言があった。今日は一気に初夏のような陽気になるらしい。
 「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」
 歩くのがつらくなってこの句が良く判る。東京の下町育ち。隅田川の桜を見に行きたい。

 「花」という歌には「春のうららの隅田川」という歌詞がある。やはり隅田川周辺は昔から桜の名所なのである。
 作曲は言うまでもなく滝廉太郎。作詞は土井晩翠かと思っていたら、武島羽衣という人であった。土井晩翠は「荒城の月」であった。

 ともかくまた春が来る。「今年の桜は見ることができない」と医者に言われた人が、この季節を迎えることができたようだ。同じがん患者としてうれしい話である。

 病人に「来年の桜は見ることができないだろう」という話は残酷である。
嘘はつかなくてもいいが、どうせ長生きできないならば、そっとしておいてあげればいいではないか。

 桜もいいが、私にとっての春は、「暖かくなってくれれば大地震が来ても凍え死ぬことはない」ということである。厚着をして寝るわけにはいかない。睡眠とは無防備で危険なものである。

 昨夕、8チャンネルにテレビを合わせてしまった。フジテレビである。そんなことをここに書いてもしょうもないことであるが少々思うことがある。

 このテレビ局はここ何年も見たことがない。見たくて合わせたわけではない。いつも見ているチャンネルのニュースが見たくないものを映していたから、たまにはどんなものなのかと、リモコンを8に合わせたのである。
  
 フジテレビはこの数年視聴率を大きく落としたというが、それは新聞のテレビ番組の並び順が数字の順通りになったことが大きく影響しているという。

 以前は4とか6の次に8があったと思うが、ある時期から5、6、7の後になるようになった。8は最後を意味するようになってしまって、そんなことが視聴率低下につながったらしい。
 
 コンビニのアイスクリームがひと頃売れなくなったという話がある。アイスクリームに代わるスイーツがいろいろ開発されたことが要因であるとされている。
アイスクリームの販売ケースの蓋をとり、冷気を蓋代わりにすることによって売り上げが倍増したという。

 フジテレビとアイスクリームを一緒にするものではないかもしれないが、テレビの視聴率などというものはフジテレビに限らず、アイスクリームの売り上げと同じようなものである。
 視聴者も消費者も、深い考えがあって選択しているわけではない。
 
 フジテレビの悪口を言うつもりはないが、やはり日本フィルハーモニー交響楽団を切り捨てた無責任さはいつまでも語られるべきものである。
 あのときの経営者一族に、テレビ放送というものに対する理念というものがあっただろうか。

 フジサンケイグループというと鹿内家ということになるが、現在でも関係はあるのだろうか。頼近美津子さんという女子アナは鹿内社長の奥さんになったが早世されたようである。

 桜の話に戻るが、「三日見ぬ間の桜」という言葉がある。たった三日間見ない間に、満開になり、満開の桜は散ってしまう。あわただしい花である。

 桜は賑やかな花であるが、命の散り際を表現する言葉でもある。
 幸いなことに、来年も桜を見ることができるだろうか、という悲壮感は私にはない。

 「さくらさくらさくら 咲き初め咲き終わり 何もなかったような公園」
 俵万智さんの短歌である。桜とは確かにこんな感じである。(了)

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