「人に伝えることを考えるといい作品は作れない」というある作家の言葉がある。説明調にしてはいけないということであるらしい。
しかし、人に伝わらなければいい作品とは言えない、ということも言える。
この辺のことがなかなか難しい。
文学において言えば、伝わるものは大衆小説であり、伝わらないのは純文学となる。
ひとりの若い女性が幼い子供を育てている。彼女が結婚して出産したという話は聞かない。このことから山本周五郎は「柳橋物語」という小説を書いた。
本当に自分を好いていてくれた男が誰であったのかを知ったのは、大火の中で自分を助けるために死んだことと引き換えのことだった。
「あの子は私と幸太さんの子です」
この言葉がおせんの気持ちのすべてとなる。嘘をつくことが真実の愛を表現している。なかなかうまい小説である。
山田太一さんが昨年12月に亡くなられた。89歳。
老衰と新聞にかかれていたが、あの人が老衰とは悲しい。第1回の山本周五郎賞を受賞した人であった。
いいドラマだと思うと、最後のテロップに、「脚本 山田太一」とあった。
「ドキュメンタリーは事実を伝える。ドラマは人間を伝える」。インタビューで答えた山田氏の言葉を聞いた。
こういう人はもう現れないだろうと思う人ばかりが亡くなっていく。
感動的な物語は文章技術で書けることもあるかもしれない。山田太一さんの物語にはこの技術というものがなかったように思う。(了)
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