「もしも月給が上がったら」という歌は、1937年(昭和12年)に、林伊佐緒さんと女性歌手のデュエットで歌われた、夫婦の会話のようなコミックソングである。
もしも月給が上がったら、妻は「パラソル買いたい」「故郷(くに)から母さん呼びたい」「お風呂場なんかもたてたい」「ポータブルなども買いましょう」
夫は「帽子と洋服を買いたい」「ポータブルを買ったら二人でタンゴも踊れる」「風呂をたてたら 背中を流してくれるかい」
といった希望を持っている。
しかし「上がるといいわね」という妻の言葉に「上がるとも」と夫はきっぱりと答えるが、「いつ頃上がるの いつ頃よ」という妻の問いには「そいつがわかれば苦労はない」と夫は気弱になる。
昭和12年、すでにボーナスはあったものと思われるが、月給は「もしも」上がるものであったらしい。
月給が上がったくらいではこれだけのものを買ったり建てたりすることはできないのではないかと思うがどういうことなのだろう。
時代を反映した歌なのか、給料が上がらない現代を先取りした歌なのか。
林伊佐緒さんという人はシンガーソングライターの草分けと言われる人である。「ダンスパーティの夜」は林さんの作曲だが、素晴らしい音楽センスを表している曲である。
島倉千代子さんのことを以前書いたことがあるが、島倉さんの初期の曲が好きである。「愛のさざ波」とか「人生いろいろ」という歌も聞いたことがあるがどうも違うような気がする。島倉さんは乙女の歌がいい。
「からたち日記」にこんなセリフがある。
「このままわかれてしまってもいいの でもあの人はさみしそうに目をふせて それから思い切るように霧の中へ消えてゆきました さようなら 初恋からたちの花が散る夜でした」(作詞は西沢爽)
「あの人」は、このセリフの前に「幸福(しあわせ)になろうね」とこの女性に言ったのである。それなのになぜ「このまま別れてしまう」のか。
青春の別れには理由がないということなのだろうか。
無垢な島倉さんが歌うから理不尽な話が歌になる。
島倉さんが歌った「この世の花」という歌はもっとひどい。
作詞は西條八十である。
「想うひとには嫁がれず 思わぬひとの言うまま気まま」
乙女はいつも泣いていた。そして、悲しさこらえ笑顔を見せて、たくましく生きていくものであった。
乙女を歌える歌手は島倉さんしかいなかったのではないだろうか。(了)
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