家の近所にあったお寿司屋さんが閉店してからもう何年もたつ。
夫婦2人でやっていた店だが、食べに行くたびに亭主は、「やっていけない」と愚痴をこぼしていた。
東北の出身らしいが、最後まで江戸前の威勢の良さは身につかなかった。
寿司ネタはいつもラップに包んでケースに置いてあった。なにが活きがいいのか、おいしいのか分からない。
亭主に、ラップに包むのをやめたらどうか、と言ったら、冷凍焼けして傷んでしまうので、そのまま置いておくわけにはいかない、と結構ムキになって返事をした。
白子を食べても一口で箸を置いた。
毛ガニがあります、と言うので注文したら足が1本たりない。「だから安いんです」ど亭主は言う。
知人にその寿司屋のことを言ったら「あの貧乏くさい寿司屋ですか」と言う。
そういう言い方で分かってしまう寿司屋さんであった。
しかし私はその店が好きでずいぶん通った。なぜか気分が落ち着くのである。
いわゆる回転寿司の大手と言われる寿司屋さんに初めて行った。
注文はタッチパネル。シャリの上にネタがのっかっているという感じ。ワサビも入っていない。つけたければ自分でつける。つけてもワサビの味がしない。
食器はすべてプラスチック。気持ちが寂しくなるような食事であった。
あの江戸前の握り寿司というものは銀座あたりにしか残っていないのであろうか。
寿司は握るもので、のっけるものではないはずだが。
料理人も店員さんもみんなアルバイトとかパートの人らしい。店長さんというのもいるだろうが、多分専門の職人ではないだろう。
中華でも天ぷらでも寿司でもうどんでも、何でもそういうことになってしまった。
料理と言ってもマニュアル通りの手順に従い、温めたり、のっけたり、盛ったり、計ったり、ということだけなのかもしれない。
女房が旅行などでいないとき、たまに朝飯のために牛丼屋さんなどに行くことがある。目当ては卵かけご飯である。300円くらいで食べることができる。
若い学生さんのような男性が働いている。滅多に行くことはないのに、いつ行っても私のような年配の男性が一人で食べているのを見かける。
そのたびに奥さんに死なれたのかなと思う。(了)
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