何ごとにも諸説あるようだが、高齢の身になってみると、「明けましておめでとうございます」の意味は、無事1年を過ごすことができて、また新しい年を迎えられてめでたい、ということでいいのではないかと思う。
新しい年を迎えてもあまり楽しみはないが、今年は孫たちの大学入学がある。二人とも希望する大学や学部に入れることが唯一の楽しみである。
暮れの30日あたりから娘の亭主がインフルエンザ。孫にうつってはと、その日から孫は我が家に退避。
元日早々に娘から体調が悪いとのライン。どうやらうつったらしい。
モエシャンドンの飲み手が少なくなって結構なことだが、正月はやはりにぎやかな方がいい。
息子の高校生の孫も、元日早々の模試ということで来ることができない。
そのうち孫たちはじいちゃん・ばあちゃんの家には寄り付かなくなるのだろうが、こちらも世話する体力がなくなり、「孫は来てよし、帰ってよし」から、「孫は来ないでよし」になってしまうのだろう。
暮れになると、正月には着物を着ようかなと思うが、なぜか億劫になってしまう。商売繁盛していたころ、結構いい着物を何着も作ったものである。人生には無駄になることが多い。
元日も夕陽の時間になった。
高齢者はいい年であることを朝陽に祈るより、夕陽に祈った方が似合うような気がする。
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