日々雑記平林寺

つぶやき

 我が家の年金がこの5年ほどで、毎月2万円ほど減っているという。介護保険料など年金から引かれるものがあるからだという。

 天引きであることに納得できないものがあるが、仕方がないと思うしかない。
 年金は減ることはあっても増えることはない。何もかも値上っている。

 最高額の年金であったとしてもそれだけでは生活できそうもない。それをカバーできる貯えを持っている人もそんなにいるとも思えない。これから本当にどういうことになるのだろうか。

 プーチンがウクライナの4州をロシアに併合した。アメリカやEUは認めないとの声明を出しているが、それにどういう実効があるのだろうか。
 プーチンが侵攻を開始した時もいろいろ声明は出されたが抑止的効果は全くなかった。

 プーチンの病気説がひところ盛んに報道された。またアメリカ等の経済制裁でプーチン政権は長くは持たないだろう、との推測も繰り返しされた。

 ロシア問題に詳しいという大学教授の解説や予想を思い出してみると、まったく的外れであったことに気づく。

 もともと情報の乏しいロシアの内情を、専門家と名乗り語るということがそもそもおかしい、という批判がその教授に向けられている。
 大学教授にしては軽薄という言葉がぴったりの人である。

 今の日常が決して平穏である訳はない。遠い国の話としてもプーチンの核使用の脅し、北朝鮮のミサイル、中国の台湾進攻、北方4島におけるロシアの軍事演習。

 国内では首都圏直下地震、南海トラフ地震、富士山噴火、巨大台風。
 「誰もが心配していることを口に出すものではない」。その通りである。しかし心配しなければならない。

 今年今までの物故者という名簿を見た。
 有名な方たちばかりだから残念だなと思う人もいれば、懐かしいと思う人もいる。あの人もそうだったか、と気づかされる人もいた。

 その中で三遊亭金翁さんに目が留まった。つい1日か2日前に落語家が亡くなったが、その人に比べて今では知名度は低い。

 2020年まで4代目金馬を名乗っていた人である。古い人には小金馬であり、お笑い三人組の金ちゃんである。

 私の落語知識は、先代金馬の「居酒屋」、円生の「ひとり酒盛り」に始まり、それで終わっているのである。粋と言われた文楽。名人と言われた志ん生をほとんど知らない。

 談志を理解できなかった。理解する前に生意気そうでで嫌いだった。
 楷書体のような先代の円楽はおかしい話でも笑えなかった。
 4代目金馬さんは偉そうでもなく、特別うまいとも思わなかったが、記憶にある人である。

 このところ空の高さに気がつく。天高く馬肥ゆる秋と言う。馬が肥ゆることには実感がないがそういう生活があったのであろう。

 草原を疾走する馬なのか、農耕に働く馬なのか、いずれを想像しても楽しい風景である。

 日本の秋は紅色であるがカナダの秋は黄色という。秋は紅と思っていたが黄色や茶色の方がいいような気がする。物思いに耽るには紅は似合わない。

 何年か前、紅葉で有名と言われる東京郊外の寺を久しぶりに訪ねた。驚いたことに全山まさにピンクなのである。いや紅葉はピンクではないが、そういう印象を受けるのである。

 ありとあらゆる木々の隙間にモミジが植えられている。その木が大木になったらどうするのだろうかと、心配するほどの密度である。
 もともとあったモミジと合わせて異様な景色である。

 京都の寺が昔、桜ではなくモミジをあえて植えたという。それは若い修業僧が桜の色に心を奪われ、修行の妨げになるからだという。

 東京の寺も、モミジもここまで植えてしまっては、どこかのキャバレーの秋祭りのようで実に品がない。この寺も宗派の修行道場だという。どんな顔をした住職なのだろうか。

 なるべく歩くようにしているが、思うようにいかない。
 筋肉が落ちているから歩けないのか、腰椎の圧迫が原因なのか。

 腰の狭窄症を手術した人の話を聞くと、とても痛くて歩けるものではない、座っても寝てもひどい痛みだと言う。

 私の場合それがない。歩いているうちに臀部に痛みは生じるが、かがみ込むような痛みにはならない。

 手術をした方がいいのか。清々とした入間川の散歩道を、迷いながら確認しながら、昔のロボットのように歩いている。

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