政治と就職試験

つぶやき

 政治に関心を持たなければいけないと学校で教わったことがあるが、政治に関心を持つと就職できないことになる。
 夜間高校を卒業して公務員のような就職試験を受けたことがある。その頃三宅坂に校倉造りに似た外観で完成した国立劇場の職員採用試験に応募したのである。文部省の関係団体ということであり、身分は公務員になる。
 職員になったからといって劇場の運営に携われるはずはないが、音楽が好きなこともあり、舞台芸術というものに憧れたのである。

 募集人員は、高卒2名、大卒2名の狭き門である。試験会場は大勢の受験生であふれていた。ところが私はどういう訳か学科試験に合格した。
 面接試験の控室には私を含めて4名しかいなかった。つまり学科試験に受かれば面接はセレモニーのようなもので、面接試験は99%採用を認められた合格者と幹部役員との顔合わせのようなものだったのである。
 理事長とか副理事長などと名札の書かれた机がズラーッと並ぶ豪華な部屋で、私ともう一人の高卒の合格者は面接を受けた。
 
 面接は終始にこやかに進んだ。確か寺という字が付いた名前の初代理事長さんが、若い高卒の受験者二人を前に、「これでいいじゃないか」、と顔を左右に向けて、同席していた他の理事たちに同意を求めたようだった。肥えた体と、偉い立場にいる人が良くやる笑い声が印象にある。

 ところがその理事長の質問のやり取りが終わって、それまで背もたれに身を預け、目をつむって腕を組んでいた副理事長という痩せた男性が、「○○君(私のこと)は最近関心を持ったことという面接項目に黒い霧事件と書いているがどういうことかね」と質問してきた。そのころ政界を騒がせた黒い霧と呼んだ贈収賄事件があり、検察が厳しく政治家を追及した事件である。
 私は、まずかったな、と言う気持ちが一瞬頭をよぎったが、時すでに遅し、「関心を持ったことを書けというのでそう書きました」、と答えた。するとそれまでニコニコしていた理事長たちが、なになにっ、と一斉にあわてた顔で机の上の書類に目を通した。
 
 後日郵便箱に、「この度は応募いただきありがとうございました。今回はご縁がなかったことで」、という国立劇場からの立派な封筒があった。母は、入れたらよかったのにね、と残念そうだった。
 しかしこの話は、その後の私の人生においていいエピソードになった。学生の時に、社会改革などを口にしていた同級生たちが地方公務員になっている。彼らに会うときはこのエピソードを言うことにした。
 あの国立劇場も建て替えるそうだ。あれから56年。もったいない気がする。

 公務員になった方がよかったのか、ならなくてよかったのか。
 10代の高校生が黒い霧事件に関心があったと言ったところで革命を起こすわけでもない。そんなことに慌てふためいて不採用とするところであるなら、就職したところでいろいろ問題に巻き込まれたことだろう。公務員にならなくてよかった、と思う人生であった。(了)

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