このデパートも終わっている

つぶやき

 久しぶりにデパートに行った。私の住む町にはデパートはなくなってしまったので、車で4,50分もかかるところである。妻はお菓子の材料を買いたいと言うし、私も最近リニューアルしたというレストラン街でも覗いてみようかという気があった。

 月曜日ということもあって館内は空いていた。レストラン街というフロアは多少豪華に作られていて、高級感を持たせようとしたようだ。

 11時半過ぎに寿司屋の順番待ちに名前を書き込み、30分ほど待たされて二人席に通され、2500円のランチを注文すると、瞬きもしない間に茶碗蒸しが運ばれてきた。小さな器の底の方にこびりついたような茶碗蒸しであった。しかも冷めていた。

 一口スプーンで取ると茶色の輪っかがくっついてきた。なんだこれはと妻に言うと、輪ゴムでしょう、と言う。

 こんな仕事をしている店か、と店員に憤慨を伝え、店を出た。デパート1階の案内所にいた男性に、こんなことがあったと伝え、昼飯の食べ物屋を探すため表に出た。

 最近こういうことが多い。輪ゴムは初めてであるが、食べ物屋さんがちゃんとしていない。

 以前このブログにも書いたが、あるアウトレットのすし屋もひどかった。高校を出たばかりのような若い男の子が寿司を握っている。

 大丈夫かと心配していると、ネタの上にご飯粒が2個3個ついている寿司が、「ヘイお待ち」、という声とともに出てきた。

 呆れて注意すると睨まれた。寿司屋がどうしてこんなことになってしまったのだろうかと考えると、こうなって当たり前のことではないかとも思える。

 職人が育っていないのである。と同時に、教えるべき寿司料理と言うものがこの世からなくなってしまったのである。

 この店もカウンター周りは銀座の高級店を思わせるような作りをしている。しかしその調理場に立っているのは、ここもまた高校生のような男の子であった。大丈夫かなという予感はあった。料理のイロハのイの字もできていない高級すし店であった。

 やはり寿司文化をダメにしたのは回転寿司である。シャリは機械で握りネタを載せるだけのことになってしまった。

 回転寿司が始まって何年経つだろうか。
 私は回転寿司を思いついたのは日本人ではないと思っている。寿司を愛する日本人がベルトコンベアに乗せるはずはない。もし日本人であるなら、寿司職人ではないはずである。

 中国には回るテーブルがある。日本人の心を持っていない人間にしか寿司を回すという発想は思いつかない。

 しかし回る寿司を見て日本人は面白がり、今でもどこも大繁盛なのであるから、寿司文化なるものは浅薄なものであったともいえる。

 しかしいつも思うが、デパートというところは効率がいいのか悪いのか。一つの場所に客を集められるということでは効率が いい。しかし客が来なければこれほど無駄なところはない。

 このデパートはどの売り場も客より店員の方が多い。店員さんもパートの人らしく、「人がゆっくりしている時に何しに来たんだ」、と言わんばかりの顔つきの人ばかりである。

 物が売れない時代、他のデパートのように、賃料収入に力を入れているようだ。
 以前あった紳士服売り場などをなくし、今は家電が入っている。レストラン街もそういうことであろう。鰻屋さんなどはこの店の本店で食べた方が全然安い。

 食事をしているとき、このデパートのレストラン街フロアの責任者という人から電話がかかってきた。1階の案内所の人に連絡先を教えてあったのである。

 明るく楽しそうな声であった。失礼しました、という言葉はあったかもしれないが、仕方ないこと、よくあることだ、という感じであった。デパートがダメになったことについて「おっしゃる通りです」と笑い合いながら話をした。

 デパートがダメになっていると言うが、デパートという接客業が存在しない時代になっているのである。

 板前さんも素人。店員さんも素人。デパートのフロア責任者もみんな素人。
 客の苦情の応対に、明るく笑いながら、というのは昔はなかったと思う。
 
 今は「スイマセーン」というスタンプを送信すれば謝罪したことになる時代である。
 フロア責任者の電話はそのスタンプなのであろう。こちらも「りょーかい」などと送信してしまいそうになった。  (了)

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