ネットによると体育会系とは、「上下関係に厳しく根性論を大事にしている気質を意味する言葉」とある。
根性論なる論はあるのかと思ったが、すでに社会性、普遍性を持った立派な論になっているらしい。
体育会系の中核的な考え方である根性論が、大学の研究対象にもなっていることが記載されていた。
「日本社会における根性論の系譜学的研究:スポーツ・学術・経済の諸言説に着目して」というのが研究テーマで、研究者は筑波大学の若手研究者となっている。その研究内容の概略が記載されているのだが、それが実に興味深い。
研究目的は、1964年東京オリンピック前後から現在に至るまでのスポーツ、学術、経済の諸言説を記述することで、根性論がいかなる経路と論理構成のもと、なぜ日本社会に定位したのかを明らかにすることである。
具体的には、(1)隆盛期:1964年東京オリンピック前後、(2)定着期:1970年代、(3)反転期:1980年代、(4)潜伏期:1990年代以降の4つの時期に分けて分析を行う。
根性論の複雑な意味の網を解きほぐす作業は、「ブラック◯◯」と言った形でハラスメント、過労自殺、サービス残業などが問題化されている日本社会のより良き未来を創造していくための試金石となるはずである、としている。
さすがに優秀な大学の人たちが考えることである。「根性論の複雑な意味の網を解きほぐす作業は……日本社会のより良き未来を創造していくための試金石となるはずである」すごい文章であると思った。
根性なるものは、あの東京オリンピックの女子バレーから始まったように思う。しかし根性論に反転期、潜伏期があるとは思いもしなかった。
ブラック企業は根性論が発生源である。根性論はいい面では金メダル、悪い面では人間を追い込む道具になる。しかしこういうアプーローチをするとは、さすが日本最高レベルの知能集団である。
体育会系を批判する気はない。いずれじっくり体育会系について考えてみたい。
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