人生中途半端がいい

つぶやき

 明日からは師走。師走とは、普段ゆったりと落ち着いて座っているお師匠さんたちも走り出すほど忙しい、ということが由来と思っていたが、師とはお坊さんや神社の神主さんのことであるらしい。

 師が三味線や踊りのお師匠さんなど色っぽい女性ではなく、坊さんとなるとなんの面白みもなく興ざめである。

 しかし師走には色々いわれがあって、「終わり」や「末」を意味する「しはす」という古語が語源という説もあり、なんとなくそれが正解かなという気がする。

 昔の商売はほとんどが盆と暮れの掛け売りであったらしい。
 毎月資金繰りに追われるという現代からすれば、ずいぶん悠長なことだと思うが、売掛金の回収をしなければ歳を越せないということもあったであろうから、受け取る方も必死で走り回ることになる。師走の足音とはそういうことなのか。

 12月に入れば師走、師走と連日テレビなどは騒ぎ立てる。
 昔はパチンコ屋や商店街の拡声器から、ジンゴベー・ジンゴベーとクリスマスソングが鳴って騒がしいものであった。今では灯油売りのアナウンスにもクレームがつくようである。

 今日は整形外科の検診日。脊髄症の手術から2年半。腰狭窄症の手術から2年が経過した。
 手術の際に血圧と血糖値を指摘され、それを機に内科にも通うことになってしまった。 

 歩きにくいから手術をしたのだがあまり成果はない。しかし脊髄症は放っておけば足だけではなく、パソコンのキーボードにタッチできなくなるほど進んだのかもしれないから、それを考えれば手術をした価値はあると思わなければいけない。

 11月が終わる。11月は喧騒の前月。季節もすっかり落ち着いて、1年を振り返る月なのかもしれない。

 人生ラッキーセブンの77才もあとわずか。
 若い頃から自分の中途半端さが嫌だったが、生きてしまえば人生中途半端がいい。
 
 喉頭がんも脊髄症も高血圧も血糖値もみんな中途半端である。80才にもなろうという時に、病気はみんな重症にはなっていない。
 病が見つかったと同時に余命宣告を受ける人もいる。若い頃から致命的な病気を発症してしまう人もいる。

 「あと何年」という人生の時期である。歳と共になるべき病気を経験したことになるが、中途半端で済んでいてくれることはありがたいことである。
 
 高きを望まず、低きに甘んずることもなく、人生中途半端がいい。

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