人生と向き合う ゼロの焦点

つぶやき

 ある俳優のファミリーヒストリーというテレビ番組が評判である。
 朝鮮戦争に従軍したアメリカ兵と日本人女性との間に生まれたが、父は戦争で死んだと子供の頃から聞かされてきた。
 父親の顔を全く知らない。写真は母親がすべて焼いてしまったということだった。
 父は子の出生を待たずにアメリカに帰ってしまう。その父親が10年前まで生きていた。

 私はこの番組を見ていない。人の出生に関するいわば個人情報に関する内容である。
 製作したNHKも細心の注意を払って製作したのではないだろうか。
 涙なみだの感動のうちに終わったということだから、いわゆる戦後の占領軍の問題ということには触れなかったのであろう。特定の目的にそって製作したのではないかと思う。
 ある女性評論家は、曖昧にせざるを得ない部分があった、と述べている。

 先日の日曜日に民放で「僕たちは戦争を知らない~戦禍を生きた女性たち~」という番組が放送された。
 戦後、多くの混血孤児と呼ばれた子どもたちを養育し、社会に送り出してきたエリザベス・サンダース・ホームを紹介する番組である。

 私がテレビ画面を見始めた時長いトンネルが映し出されていた。トンネルの先にエリザベス・サンダース・ホームがある。
二度と会えない子供と母親を切り離す象徴としてトンネルを映したのかもしれない。
 澤田美喜さんは母親の面会を一切認めなかったという話があった。

 妊娠してしまう生活に身を置きながら、生まれた子供を育てられない環境に生きる女性たちと、将来が約束されない子供たち。
 あの時代いろんな不幸がこの社会にはあった。

 松本清張の作品に「ゼロの焦点」という推理小説がある。
 東京立川でアメリカ兵相手に売春をして生きてきた女性の起こす殺人事件が小説のテーマである。

 今は金沢で、地元の有力な企業の社長夫人となっているその女性の前に、かつて立川で風紀係の警官をしていた男が現れる。
その男はその女性を売春で検挙したこともある人間である。
 女性は自分の過去が暴かれるのを恐れその男を殺してしまう。しかしその男には女性の過去を暴くという意志は全くなかった。

 最後のシーン。彼女は死を覚悟して小舟で沖に漕ぎ出す。
 それを岬の上から見つめる夫は刑事に、妻は裕福な網元の娘で何不自由なく育ったが、戦後の混乱で家は没落したため、英語が堪能であったことからかそのような世界に身を投じてしまった。
 私は妻の過去を知っていたが、それを問うこともなく、妻も自分に尽くしてくれた、と述懐し終わりとなる。

 社会の問題を、推理小説と言う形で大衆に投げかける清張さんの手法は、当時としては斬新であった。しかし何事も両刃の剣である。
 殺人事件とする手法は人々の興味は呼んだが、それだけのことに終わってしまったような気がする。社会問題として人々の関心にならなかったように思う。

 戦後の女性に対するアメリカ兵の暴行事件というものは、記録としては残していないらしい。
 エリザベス・サンダース・ホームの子供たちは、愛し合った男女の間に生まれた子どもたちではない。
 いまさらながら澤田美喜さんという人の偉大さに頭が下がる。

 混血児(今は別の言い方があるのだろうか)は日本においてもアメリカにおいても敵国の子である。いじめられたことだろう。
 ホームを巣立った人たちはみんな私の年代になる。日本人があまり考えたくない人たちである。どんな生活をしてきたのだろうか。

 父親のルーツを知った俳優さんは、もちろん母子家庭で苦労をしたと思うが、幸せな人である。なぜなら色白でハンサムであるからである。(了)

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