私は食事をしようという店で、「そこに並んでお待ちください」という店員の言葉に腹を立てることある。年寄りはキレるというが、そういうことなのかもしれない。
店員さんにしてみればごく普通に、当たり前のことを言っているのだろうが、言い方によっては腹が立つ。
言い方と言っても、「混んでいるからお待ちください」というだけのことなのだから何種類もの言い方があるはずもない。
しかし「今満席で忙しいのだからそこに座って黙って待っていろ」という感じで言われるとムカッとするのである。
「黙って待っていろ」というのは私の受け取り方で、まさか店員さんがそんな言い方をするはずはない。言い過ぎであることは承知している。しかし私のムカッとする心情を余すことなく伝えるにはこの書き方しかない。
その上で店員さんの言葉使いなり態度を正確に表すと「並んで待っていなければだめじゃないか」ということになる。
「せっかくお出でいただきながらお待たせすることになり申し訳ありません」という気持ちが全然ない。混んでいるからしょうがないじゃないか、ということだけである。
私は幼稚園児ではない。炊き出しを待っているホームレスでもない。そんな言い方をされて飯など食えるか、である。
食事の店に限ったことではない。スーパーでも文房具店などのレジでもただ立っているだけなのに「並んでください」と言う。女性店員は「こういう自分勝手な年寄りがいるから困るよ」と言わんばかりの顔をしている。
レジの前のわずか1メートルのスペースにテープを張ってOUT、INの表示をしている。OUTから入っていくと他に客はいないのに「こちらからお入りください」と言う。
どっちだっていいじゃないかと思うが、勝手は許さないという雰囲気がある。そんなときは買わないで品物を元に戻して店を出ることにしている。こういうことにはどういうわけか労を厭わずマメである。
「並んでまで食べるものではない」この言葉には2つの意味がある。食事は並んでまでして食べるものではないということと、並んでまでして食べるほど美味いものでもない、ということである。
このブログのテーマは前者である。私の母などの世代の人は並んでまで食べるものではない、とよく口にしていた。そのせいか私は並んで待ってまでして店で食事をすることは滅多にない。
「相済みません。ただいま立て込んでおりまして」と店員が言えば「それなら結構」と店を出る。
よさそうな店はいつも混んでいるから、結局あまり混んでいないごく普通の店で、大してうまくもない物を食べることになる。
しかし待ってまで食べるものではない、という信念を変える気はない
いつ頃から食べることに行列ができるようになったのであろうか。この行列というのは、店が混んでいるから座って待つというデパートのレストラン街でよくかけるものとは違う。その店が目的でひたすら待つというものである。
先日都内のおにぎり屋さんがテレビに映っていたが、多分何百メートルという行列である。
インタビューを受けた客が、「食べられるなら1時間でも2時間でも待ちます」、と言う。マニアックな時代と言われている。おにぎりにこだわりがあるとは思いもしなかった。
行列の始まりはラーメンなのかなと思う。池袋のつけ麺の店が元祖なのだろうか。最近は何でもかんでも行列ということになっているようだ。
まさかネットに食べ物の行列についての記事はないだろうと思って見たらあった。やはりラーメン店がその始まりと書いてある。しかしつけ麺でも最近のことでもなかった。
明治の終わりごろ浅草で来々軒という店が開店し、初めてラーメン(支那ソバ)を販売したところ連日行列ができるほどの大人気であったと書いてある。
行列のできるラーメン店は、店主や店員が威張っているという話を聞く。つゆを残すと怒る店主もいるという。客を待たせておいて威張るとはとんでもない話である。
こういう話を聞くと栄枯盛衰、奢れる者久しからず、という言葉か頭に浮かぶ。いずれ近いうちつぶれるだろうと思う。しかしなかなかつぶれない。
行列のできる店にはサクラがいるという。ラーメン店など開店の時アルバイトを使って盛況であることを装うらしい。
しかし美味しいから行列ができるのであって、美味しくなければいくらサクラを使ったところで経費倒れになる。
サクラとは古い言葉である。昔のことと思っていたが、最近ではサクラが横行しているという。ラーメン店の人気を装うサクラはまだ可愛げがあるが、今のサクラはネット詐欺である。
昔のサクラは夜店などで男がいろんな品物を売っているときによく見かけたものである。
粗悪品であることがほとんどであるが、周りに客が寄ってくると大抵女性が見物人を分け入って「これ良さそうね」などと言って買っていく。
客が離れていくと、どこからか先ほどの女性が戻ってきて品物を元に戻す。
子供の頃その店の前を、「さくら、さくら」の歌を歌いながらよく通り過ぎていた。
兄とのなつかしい思い出である。 (了)
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