不愉快さの彼方に

つぶやき

 若い人は思い出をつくるが、年寄りは思い出をたどる。
 年寄りには未来は語れない。当然のことながらブログは思い出話が多いことなる。
 せいぜい今を語れば庭の花か、まつりごとに対する憤慨ということしかない。

 また近所に住む知人の訃報を聞いた。若い頃、町内会の役員で一緒になった人である。私にインフィニティのスピーカーを紹介してくれた。
 音楽にかなり詳しい人であったらしい。建築設計の会社を経営され、知的で格好いい人だった。私より5歳くらい上だったと思う。

 その知人の奥さんと子供たちのための音楽会を開いたことがある。30数年も前のことである。
 子供達はピアニカやリコーダー。何人かの大人は若い頃触っていたという楽器を持ち寄っての音楽会であった。

 知人の奥さんは、童謡「さっちゃん」を歌った。これが今でも、参加した人や観客として来ていた親たちの話題に上る。素晴らしい歌唱であった。後で知ったことだが、この奥さんは音大の声楽家を出ているらしい。

 ご主人とは10歳以上離れていたそうだが、数年前に60歳くらいで亡くなられている。
 この奥さんを知るすべての人が尊敬をもってその人柄を語る。ご主人は号泣したという話を聞いた。
 近所の素晴らしい知人を二人失ってしまった。ブログに知人の死について書けることはありがたい。読む人はいなくても哀惜の気持ちが届くような気がする。
 ブログに自分の思い出を綴るのも、ある意味過去への弔いなのかもしれない。

 ブログにはいい思い出だけを書くべきだと思う。自分の気持ちがざわつくような文章を書いてはブログの意味がない。
 ブログで新たな人生を切り開くわけではないし、論破したところで年寄りの冷や水、老いの木登りである。
 と悟ったようなことを言っても所詮縁なき衆生。この世に根に持つことをたまに書くことも悪いことではないだろう。

 先日新聞に「人と接すれば不愉快になる。しかしそれを避けていては何も始まらない」という書き出しで始まる若い人の文章が目に入った。
 人と接すれば不愉快になる、という言葉に続くものは「だから人に接しない」ということが私の生き方だった。
 確かに若い人は「それを避けていては何も始まらない」若い人にはこれからということがある。大変だな、と思う。

 私は30代半ばでサラリーマンをやめて自営者になった。サラリーマン時代本当に人との関りで不愉快な思いをした。
 不愉快な思いをするのはあなたにも原因がある、などと聞いたふうなことを口にする人がいるが、そんなことではない。
 無神経、無頓着、粗暴粗野、上の者にはへつらい同僚には悪意を持つ、上司への告げ口。こんな人間ばっかりであった。
 私がいた会社が特にひどかったというこかもしれない。私が自営を始めたのは、このような人間関係に自分の身を置きたくない、ということが理由である。

 蛇足だか、人との関係において忘れることのできないことがある。
 かつて私の部下であり、素直でおとなしい性格で、私の指示にもよく従い、動いてくれたことから、他の部下よりも気にかけた男がいた。
 私の家に遊びに来たことがある。彼もその時は会社を退職し、新たな職に就くときだった。
 その時私の家は新築間もないので、部屋での喫煙をしないように頼んだ。
 しかし彼は次から次と薄ら笑いを浮かべてタバコを吸い続け、止めてくれと何度も言ってもとうとう止めなかった。
 彼はそんな人間ではなかったではないか。あのうすら笑いは何なのか。

 話を元に戻すか、人に接すれば不愉快になるということは防ぎようがない。
 人は自分のことしか考えていないから、人と接すれば不愉快になるのは当然のことである。
 ではどうするか。忘れるか、気にしないか、人に接しないか、そのくらいしかない。何より自分の気持ちを守ることである。
人を不愉快にさせる人間をわざわざ理解する必要はない、忘れてしまえばいいのである。

 私が70代半ばまで元気に生きてこられたのは、自営のお陰だと思っている。どんなに忙しくても、ストレスとか疲労とか感じたことはなかった。
 会社勤めをしていたときの煩わしさがないということが、こんなに健康的なものであるか。人間関係に悩んでいる若い人に是非自営をお勧めしたい。

 「知に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい。」あの大作家ですら悩んだことである。人との関りは難しいものである。

 人の世から引退したわが身の幸せを感じるばかりである。人の不愉快さはこのブログで弔い、これからは穏やかな顔の老人を目指そう。

 「セトモノとセトモノとぶつかりっこするとすぐこわれちゃう。どっちかがやわらかければだいじょうぶ」こういう言葉に感心するような年寄りにならなければいけない。しかしなる気はない。(了)

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