以前よく空を飛ぶ夢を見ていた。用事があって空を飛んでいる、ということではなく、ただ空を飛んでいるのである。
スーパーマンのように手を前に伸ばしているのだが、マントはいつもつけていなかったようだ。
空飛ぶ夢は、自由になりたいという気持ちを暗示していると言われている。現実においてストレスや悩みを抱えていて、その状況から自由になりたいという深層心理が、空を飛ぶ夢として表れるということらしい。
ストレスも悩みもなかったと思うが、深層心理が作用する夢ということであるなら、私にもそういうものがあったのかもしれない。
しかしそうであるなら、もっと楽しく空を飛んでいる夢であっていいはずだが、ただ漫然と空を飛んでいるだけだった。
『最高の人生の見つけ方』という映画は、がんで余命宣告をされた二人の男が、死ぬまでにやりたいことをリストアップして、それを一つずつ実行していくという話である。そのリストのことをバケットリストと言うそうだが、日本語では棺桶リストと言うらしい。
10年前だったか、20年くらい前だったか、正確には覚えていないが、昔のハリウッド映画のリバイバルではなく新作であった。
その映画は見てはいないが、新聞広告で大体の内容を知ったようだから、関心があったのかもしれない。
バケットリストの中身は10項目くらいあったと思うが、覚えているのはスカイダイビングをするということだけである。死ぬまでに空を飛んでみたいという願望が分かるような気がした。後で知ったことだか、このリストにはマスタングを運転するということもあったようだ。
余命宣告を受けたら人はどうするのだろうか。
「仮定の話にはお答えできない」と、かつて菅さんが官房長官の頃、記者の質問を突き放して言ったものだが、「仮定の話」とは考え方ということである。考え方が問われているのだから答えるべきであった。
その後、菅さんは総理大臣になって答えに行き詰って退任した。仮定の話に答えていればしっかりと考え方もまとまって、退任しないで済んだかもしれない。
余命宣告を受けたら私は何をするのだろうか。淡々とこなす仕事もなく、特にやりたいということもない。挨拶回りに行くというところもない。本当にどうするのだろうか。
映画での死ぬまでにやりたいリストには、空を飛ぶ、すごいスピードで走る、ということが入っていたが、いずれも人間そのままではできないことである。夢とはできないことを叶えることであった。
高所恐怖症であるからスカイダイビングは無理として、私にはドライブくらいしかできないかもしれない。
人との付き合いもあまりうまくもないし好きでもない。面倒なことを考えることもなく、無心になれるのは車しかない。
マスタングの運転は私にはあり得ないことであるが、人生最後の車となるであろう車を買い入れた。前の車はまだ2万キロしか走っていない。7月中頃には新車が届く。グリーンの美しい車である。
新しい車で果たして何万キロ走れるだろうか。納車日は残りの人生メーターの起算日でもある。(了)
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